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「あぁ、もう最悪」  私は濃いめのハイボール片手に、千夏に愚痴っていた。 千夏は高校時代からの友人だ。そして私のたった一人の友人。根暗で偏屈な私とは対照的に、明るくて優しく、誰にでも平等に接する子。だから、社会人になった今でもこうして飲みに付き合ってくれている。 「深冬ならまたいい人見つかるって」 「誰がこんな私のこと好きになってくれるのよ」  私は最近彼氏と別れた。というより「重い」という理由で一方的に振られたのだ。それもたった一通のメールで。付き合った期間はたったの一ヶ月。私にとって初めてできた彼氏ということもあって、すぐに夢中になった。ただそれがいけなかった。毎日のように電話をかけ、一日に何十通ものメールのやり取り。会えない時にはその理由をしつこく聞いてしまう。確かに重い。自分でも分かっていた。私は熱しやすく、冷めにくいタイプなのだ。だからこういう時も余計に引きずってしまう。ムカついているのも、元彼にというより、自分の不甲斐ない恋愛に対してだった。 「今日はパーっと飲んで、全部忘れよう」 「飲んで忘れられるなら苦労しないよ」 「気分転換ぐらいにはなるでしょ」 「私、昔から記憶力だけはいいの。小学校の頃、担任の先生に言われた嫌味だって、今でも全部覚えてるんだから」  慰めてくれる千夏にさえ、面倒くさい態度をとってしまう。昔から性格が少し歪んでいるのだ。でも、こんな自分を止められない。分かっているのに変えられない。それがまた嫌で嫌で仕方がない。 「だったらさ、これ使ってみる?」  千夏は財布から小さな袋を取り出し、周りを気にしながらそっとテーブルに置いた。袋の中には白と黒のマーブル模様をした小さなカプセルのようなものが入っていた。 「何これ?」 「ここだけの話なんだけど」  千夏は少し前のめりな格好になりながら小声で呟いた。 「自分にとって『嫌な記憶だけ』消してくれるサプリなの」 「えっ、それって……」 「いや、違うの。危険ドラッグとかじゃないから。違法でもない」 「危ない薬の典型的な言い訳だね」 「本当にそんなんじゃないんだって」 私は千夏がそんな危ないものに手を出しているのが信じられなかった。彼女は昔から優秀でどんな時も正しかった。悩みがあるようにも全く見えなかったけど。そんな彼女がまさかドラッグだなんて。 「まぁ、よく効くビタミン剤的な」 「怪しすぎるって」 「量さえ守れば、何の影響もないんだって。やけ酒で二日酔いになったり、大食いして太ったりするより、よっぽど健康じゃない?」 「さっきは酒勧めてきたくせに」 「まぁ、それは定番の文句みたいなものだから」  そう言って、千夏は残ったビールを一気に流し込んだ。  サプリを手に取ってまじまじと見てみる。形や大きさは他のサプリと変わらないようだが、色味が少し毒々しい。千夏は本当に大丈夫なんだろうか。 「私も最初は信じてなかったんだけどさ。ちょっと精神的に参ってた時があってね。そんな時に友達に勧めてもらったの。うちの親って高校の時に離婚したでしょ。あの時」  離婚したのにあまりショックを受けてないように見えたから、やっぱり強い人なんだなって思ってたけど、そういうことだったのか。どうやら効果は本物みたいだ。 「これあげるから、一回だけ試してみたら。おかしいと思ったらすぐにやめればいいんだから。それにさ、もし本当に危ないものだったら、私ここにはいないよ」  千夏が優秀なセールスマンに見えてくる。彼女は明るい上に口も上手い。確かにダメならすぐにやめればいい。難しく考えることはないのかもしれない。 「まぁ、一応もらっとく」 受け取ったのは、私が今の自分を変えたいと思っていたからだ。偏屈で何の面白味もない自分を。この性格のせいで友達もできなかったし、初めてできた彼氏にはすぐに振られた。もしかしたら自分も千夏みたいに明るく、強くなれるかもしれない。このサプリが自分を変えるきっかけになるかもしれないという淡い期待を持っていた。 「ただね、量は絶対に守ってね。どうしてもって時に一錠だけ。一度飲んだら、一週間は空けること。あぁ、それからこの話は内緒で」 「どうせ千夏以外に話す相手なんていないんだし。知ってるでしょ」
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