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「男子と分かれたけどさ、どこ行く?」
「んー、ひたすらウォータースライダー!」
「ウォータースライダー乗りまくるか!!よし、行こう!」
華は私の腕を引っ張って、慎重に歩いてスライダーの方へ向かった。ウキウキしている私の目には、同じようにウキウキしている華の背中が映っている。そのときの彼女の背中はなんだか見覚えがあるような気がした。
今まで華のウキウキした背中は見たこと無いはず。なぜなら、高校入学と同時に私は彼女を苦しませていたから。それでもなぜか、彼女の今の背中は懐かしいような気がする。
でも、記憶と勘が曖昧だから何もわからない。
「...み?愛美ー!」
華に何度も名前を呼ばれていたことに気づかなかった。どうやらボーっとしていたらしい。
「もー、愛美ったら。ついたよ!」
スライダーのゴールは思っていたより細くて小さかった。こんなのショボいスライダーだろうと思ってた。看板を見ると、『スケアリー・フォール』と書いてある。
ー スケアリー・フォール。怖い?恐ろしい?落ち方?
看板を見ると叫んでいる人の写真が映っていた。お化けでも出てくるのだろうか。
「なにこれ?」
「これはね、今年できたばかりのスライダーなんだって!昔こんなのなかったよ」
「そうなんだ!これ...どれぐらい高いの?」
華は上を指さしてた。指の先をたどって上を見上げると、冷や汗をかいた気がした。高すぎる。街にある塔よりかは低いかもしれないけど、思っていたより高かった。
高くて階段を登るのが大変になるからか、ちょっとしたエレベーターがついていた。スライダー自体はなんらかの建物に繋がっていて、安全が確保されている。
「うーん、高さはわかんない!どっかに書いてあるんじゃない?」
スケアリー・フォールについての看板があったから読もうとした。その時に華が叫びだした。
「どうしたの」
「虫がいただけ...ていうか早く行こーよ。人がどんどん上に上がってっちゃうよ。滑れなくなっちゃう!」
周りを見ると、朝来たときより人が増えてる気がする。華は私の腕を掴んでエレベーターに乗り込んだ。
「いきなりだねぇ」
「だって、思いっきり楽しみたいじゃん?」
ワクワクしてウキウキして、膝を曲げたり伸ばしたりして動いてる華がそう言うと、エレベーターがスライダーの滑り口のところについた。人だかりができていて、何組かの人たちが順番を待っていた。
私はエレベーターの横にある席に座って待つことにした。個室のように、だけどとても狭くて。長い宝箱を縦に置いたような感じだった。他の人が中に立つと、ドアのようなものが閉まって、スタッフさんの合図で滑る人が落ちていった。
「これってあれじゃん!」
「あれって?」
「ほら、たまにネットで見るスライダーで、立ってる土台みたいなのがなくなってそのまま落ちる系のやつ!」
「うわー、怖いじゃん」
他の人が次々落ちていって、いよいよ私達の出番がやってきた。私の前に並んでいた華が先に滑ることになっている。華はスライダー滑り口の中に立って、スタッフさんが示すポーズをとった。
「心の準備はできてますかー?できていなくても行きますよ!スケアリー・フォールまで?3・2・1いってらっしゃーい!」
スタッフさんの掛け声で真下に落ちた華は、大きな叫び声を上げて姿を消した。かすかに『キャー』と叫ぶ華の声がして、次は私が滑る番だということを実感した。乗る前にスタッフさんに、どのくらいの角度で落ちていくか聞いてみた。
「このまま真下に落ちます。90度滑り台みたいな感じです。でも、角度が変わるときは緩やかなので、安心してください」
『このまま真下に落ちます』『90度』
二つのキーワードが頭の周りを飛び回っている。緊張と恐怖で脚がガクガクと震えてる。スタッフさんの掛け声が聞こえてきた。このままじゃ落ちる。最悪の場合死ぬかもしれない。
「...行きますよ!スケアリー・フォールまで?」
「ちょっと待ってください!!やっぱり降ります!!」
「...2・1」
「降ります降ります!」
「いってらっしゃーい!」
「待って降りるってば...!!!」
自分の声がスタッフさんに全く聞こえなかったのか、私は一直線に落ちていった。
急降下していて、速度も早くて、私の頭の中は真っ白になった。
『キャぁぁぁぁぁぁー!』
スライダーの中、下手したらスライダーの外でも私の叫び声が聞こえている気がする。恥ずかしいはずなのに恥ずかしいなんて思える暇なんて無い。
怖くて目を瞑っていたら、スライダーのゴール地点に着いた。
「うわぁ、怖かったぁ」
「愛美!おかえり!どうだった?」
「怖かったぁ」
「愛美の叫び声めちゃめちゃ聞こえたよ」
華は笑って歩きだした。次どこ行くかを話しながら歩いていたら星の形をした流れるプールが目に入った。昔溺れたときの記憶がかすかにだけど見えてくる。あの時、誰が私を。
私は華に流れるプールに入ろうと誘った。溺れたときはまだ背が小さくて、プールの底に脚をつけることができなかった。でも今は指定身長を越えているから心配しないで入れる。そう思った。華は近くにあった浮き輪を使うか聞いてきた。
「うーん、どうしよう。華はどう思う?」
「私は、これから人も多くなりそうだし、浮き輪使いたいって思う人もいるかもしれないから、使わなくても良いと思うよ」
「そうだね」
そう言って、私と華はプールに入水した。普通の流れるプールとは違って、このプールは流れがまあまあ早い。
ー 星の形をしているからなのかな。でも、角が多いから逆に遅くなるんじゃないのかな?
「愛美どうしたの?眉間にシワ寄せてさ」
クスクスと笑いながら華が言った。私はこのプールの構造のことをそんなに真剣に考えていたのだろうか。
「なにか思い出した?」
「え?」
「あ、いや、なんか急にハッとした顔をしてたからさ。違ってたらごめんだけど」
私は曖昧な記憶を口にしようか迷っている。こんな曖昧な記憶を華に言ってしまったら、私が華にしたみたいに馬鹿にされるのか。華はそんな子じゃないってことは知っている。でも、なんだか復讐されるような感じがする。私の日頃の行いが悪かったからこんな勘が生まれるだけなのか。
私は10秒ぐらい黙り込んだ。
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