5章

2/2
前へ
/48ページ
次へ
彼女の笑顔は太陽みたいな明るいもの。今までに感じたことのない感覚に覆われている。朝にジョギングをしていたら華と遭遇した。奇跡だと思う。 学校ではいつも話さないから、今日こそは普通に会話したいと思って声をかけた。 「何読んでるの」彼女は混乱しているような驚いているような、睨んでいるような目で俺を見ていた。 「私達に春は来るのかっていう本です。」返されたときはびっくりした。朝ジョギングで会ったときは普通にタメ口だった。なんで敬語なのか。 「どういう本なの?」 「気になるなら調べたらどうですか、私が教える必要なんてないと思います。」 「えー、でも華から聞きたいな。だめかな。」彼女はなぜか教室を見回していた。 ー なにしてるんだろう。 「この本は三人の登場人物の視点を章ごとに書かれている本です。ヒーロー、ヒロイン、いじめ役。この三人です。恋愛?みたいな本です。」 「へー、終わり方はどんな感じなの?」 「まだ読み終わってないのでわからないです。」 「じゃあ読み終わったら貸してよ」 「別にいいですけど」その言葉を聞いて一瞬耳を疑った。口の動きを見てたからわかる。 「別にいいけど」って。俺は思わずガッツポーズをした。 「もう席に戻ったほうがいいですよ」 「え、なんでよ」 「席に座りたくないなら他の人と喋りに行ってください」 ー 焦ってる? 「なんでそんなに焦ってるの」 「いいですから、早くどっかに...」 「おはよー」 愛美の声が教室中に響いた。そのせいで華が言っていたことが途中で途切れるように聞くことができなかった。 不思議に思っていたら、華が俺を追い払うように押してきた。すると、愛美が俺らの方に向かって来た。彼女は華の目の前に立って華を睨んでいるように見えた。 「おはよ、どうしたの」華に目をやるとうつむいていた。 「おはよう和也!何もないよ!」 「そうか、で華はどうしたの急にうつむいて」華は立ち上がって去っていった。俺のこと無視したのかと少しだけ不安になった。 「華ちゃん、気分悪いんじゃないかな。お手洗いに行ったみたいだし」 「そっか」 「私もちょっと手洗いに行くね。外から中に入ってきたし、手を洗わないとだめだからさ」 なにかちょっと不自然さを感じたが、俺は気にしないようにした。 愛美たちが去っていって話す相手がいなかった俺は席に戻ることにした。唯一できることは本を読むことだが、本を読む気分じゃなかった。 ぼーっとしていたら、友樹が話しかけてきた。 「おっはよー、和也」 「おはよ」友樹話しかけてくれたの、正直嬉しかった。 「あれれ?和也?」 「なんだよ、ニヤニヤしてて。怖いわ」 「ううん、別にー?この感じの顔、見たことあるなーって」どういうことだ?何を言っているのか?正直友樹が何を言っているのかわからない。 「もしかして、和也...」 「なんだよ。早く言えよ」 「和也、誰かに恋しているのか!?」声が大きかったのか教室全域が一瞬静かになった。やばいと焦っていたらまた教室が騒がしくなったからひとまず安心した。 「声でけえよ」すまんすまんとちゃっかり笑ってる友樹を見ると怒れない。にしても、俺は恋をしているのか?どうなのか。よくわからない。 「それで、和也。好きな人はだれだよ」耳元で友樹が囁いてきた。 くすぐったいなと俺は笑って返した。 「好きなのかどうかがわからない」そう答えると友樹は、ほーっと言ってニヤニヤが止まりそうにない様子だった。しばらく話していると、教室に愛美たちが戻ってきた。 手を洗うにしてもちょっと時間が長かった気がするが気にしても自分には何もすることがない。愛美と目があった。その時の彼女はちょっと笑ってた。 愛美と一緒に手を洗いに行った子たちとなにか面白い話でもしてたのかな。しばらくしてから、華が教室に戻ってきた。俺はそれに気が付かなかった。 気づいた頃には教室は辺り一面シーンとしていた。 「Wow。やば」と言う友樹の声が聞こえた。 「どうしたの」って聞くと、友樹は指を小さく指していた。指を指している方向を見ると、うつむいている華がいた。 よく見ると、左頬にほんのり赤くなっている手形?のようなのが見えた。クラスのみんなは黙って華を見つめている。華を見ていてコソコソ話している人もいた。 ー 華、どうしたんだろう なにもできない俺は少し胸がギュッと締め付けられているような気がした。気づいたら友樹がいなくて、チャイムが鳴っていた。教室に大きくちょっと低い爽やかな声が響いた。 担任の谷川先生だ。顔つきがいいと、クラスだけじゃなくて学年、学校で人気な先生だ。俺にはあんまりわからないが。 「ホームルームを始める。クラス代表の上村さんお願い」上村って人はクラス代表の一人。高校入試のとき、推薦で受かった子だ。 高校1年2年から成績は学年1位を保っている凄い頭がいい子だ。その子は調子に乗ったりする子ではなく、クラスのお姉さんらしき人だ。 「起立、気をつけ、礼、おはようございます」 「おはようございます」 「着席、日直の木下さん今日と明日の予定と努力目標をお願いします」ドキッとした。今日は俺が日直だという事を忘れていた。やばい。どうにかしないと。俺はノートを広げて、日誌を読んでいるかのように言った。 「今日の予定は平常授業、明日の予定は平常授業で4時間授業です。今日の努力目標は...えっと...」 ー やばい!考えていない!このままだとやばいぞ。どうしよう 「木下さん大丈夫ですか?」先生が聞いてきた。 「あ、今日の努力目標は安全に過ごして授業をしっかりと取り組むです!」焦って少し早口になっていたのに気づいた。 「日直さんありがとうございます。係や委員会などからなにかお知らせはありますか?」教室は静かだ。お知らせはないということにした上村は、先生にバトンを渡した。 「今日は特に特別なことはない。ただ、5時間目に避難訓練がある。なんの訓練かは言わない。みんなしっかり真面目に取り組むように。以上」そう言って教室を去った。 なんとかホームルームを乗り切った。 日誌を取りに行かないといけない。席を離れて教室を出ようとすると 「なんであの子〇〇なの」とかそういうのが耳に入った。 なんのことかはわからなかった。〇〇の部分が聞こえなかった。変な雰囲気だなって思いつつも、俺は職員室の前にある棚の前に行って自分のクラスの棚に手を伸ばす。 3年1組だから一番上の右側だ。俺の身長は171だから普通に届くからいいけど、低い人たちがどうしているのかが気になる。バカにしているわけではない。普通に気になるだけだ。 日誌を取って、中に入っている他の配布物を手にとって教室に戻った。教室はまだ静かで、ヒソヒソと話している声がする。職員室前に行く前とあまり変わらないなと思いながら席につくと友樹がやってきた。 なにか嫌そうな顔をしながらも心配している感じの顔で。どうしたのと声をかけると、友樹が返してきた。 「あの藤本って子さ、左頬?になんか手形見えるくね?」やっぱりそうか。華が教室に入ったとき俺が目にしたあのほんのり赤い手形のようなものはやっぱり手形だったのか。 気になる。華は体調を崩してトイレに行って... あの後華に何かあったはずだろ。でも、ホームルームの前に教室に戻ってきていたから何かあったとしたら遅れてくるはずだ。 でも、なにかがおかしい。華と一緒にトイレに行った人はいないはずだ。仮に愛美だとしても、手を洗いに行くだけで、水道は廊下にある。 帰ってくるのがちょっと長かっただけでなんともないと思う。だって、愛美は人に危害を与える人ではないと俺は信じているからだ。 愛美がわざわざトイレに向かって手を洗うはずがない。だったらなんで華はあんなふうに... 自分でしたのか?俺が顔をしかめているのに気づいたのは友樹が言ってきたときだ。 「和也どうしたんだよ、顔しかめてて。怖えよ」「あ、ごめん。なんでもないよ」なんでもない訳ない。華はなにか隠しているはず。 こんなに深く考え事をするのは滅多にないから頭がちゃんと働いている気がしない。身の回りになにか鍵があるはずだ。 「和也!やほ〜、一時間目美術で移動だから一緒に行かない?」愛美が抱きついてきた。俺は移動だということを忘れていた。 準備しないと間に合わなくなる。俺は愛美の腕をやめろよと笑顔で笑いながら言って自ら自分を開放した。 「ヒューヒュー。和也と愛美お似合いだよー」友樹がからかってきた。 「うるせっ、そんなわけないだろ」笑ってて冗談だと知っているような感じで俺は返した。美術の絵の具などが入っているセットを手に取り、友樹の頭を軽く叩いた。 みんなで笑っていたら、一人でゆっくりと寂しそうに美術の準備をする華を見かけた。話しかけようと思ったけど、愛美が腕をつかんできたからできなかった。 「和也、いこーよー。授業に遅れるよー」 「いや、でも華が一人だから」 「華ちゃんまだ体調悪そうだからそっとしとこ?ほら行くよ」俺はされるがままに愛美に引っ張られて教室を出た。 その瞬間を華が見てて俺も華を見ていた。パチっと目があった。 「あっ」思わず声を出していた。でもそれに気づく人はいなかった。気がついたら美術室についていた。席は自由席だけど、男女別々になっている。 先生がやってきた。川西先生だ。ものすごく美人で髪が長くサラサラ。声も透き通っててスタイルがいいと言われている。 それが理由なのか、全校生徒男女共にからものすごく愛されている先生だ。いつも通りと変わらない挨拶をして先生の話を聞く。ほとんどの教科はそんな感じだ。 今日の美術は夏だからという理由で『夏と言えば?』という作品を作ることになった。 「この作品は身の回りのもので夏と言えばこうというものをこの張りキャンバスに描いてもらいます。授業時間は合計で6回です。時間は多いと思いますが、くれぐれも油断せず真剣に取り組むようにしてください。ちなみにクラスで一番良かった作品はN市美術展覧会に出展します。なにか質問はありますか?」 シーンと静まり返っている美術室に一つの手が上がった。誰かと思ったら華だった。 「これって、学校の周りとかって移動ありなんですか?」たしかに。移動がなかったら相当キツイものだ。 「移動は別に構いませんが、他のクラスは授業をしているので移動する際は静かにするようにしてください。」みんながざわつき始めた。移動はありということになってどこに行くか話しているだろう。 「それでは、各自行動を始めてください。」その言葉でクラス全員が立ち上がった。華以外は。 話しかけようとすると愛美が華に話しかけていた。何を話しているのかが気になるが聞こえない。 でも勝手に聞くのは盗聴みたいなもので悪徳だから、先に美術室を去ることにした。華を待っているつもりだったが、何故か華は無言でうつむいたまま俺の横を通り過ぎ去った。 びっくりして、華!って呼んだが彼女は無視したまま一階に降りていった。 校舎の窓からはグラウンドと昇降口が見える。この学校の昇降口は全学年共通で、靴を履き替える場所が中で少し違うだけだ。 一階に向かっていったから外にでも行くのかなと思って昇降口を見た。俺の予想はあたっていた。華は校庭に向かって歩いている。 俺も校庭に行こうと思って一階に降りていった。後ろから愛美の声が聞こえて追いかけているのではないかと思ったけど、愛美は友達の凪、花乃、みなみと一緒に三階へ向かっていた。 ー よかった、追いかけられてたら華と話す機会がなくなっていた。 俺はすぐさま昇降口について、靴に履き替えて華を追いかけていった。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加