17章

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「...なにしてるの?」 とてもと言えるほど静かで冷静で、悲しそうな声。愛美の棒の衝撃から身を縮めるために目を思いっきり瞑っていた華がいた。 「え...和也...」 「愛美...今の状況を教えてくれないか...?」 華は目を開けた。華の目を見るとなんだか少しぼやけている気がする。華の頬が濡れていることに気づいた。涙。彼女は泣いている。 「あんた、和也にここに来ること言ったの...?」 愛美の声は震えていた。身体も震えて持っていた棒を落とした。俺は何も言わずに、ただ静かな目線を愛美に送りつけているだけ。華は口を動かすことができなさそうでいた。全身が麻痺しているみたい。 愛美の友達である、みなみも凪も花乃も静かにして俯いている。棒が落ちる音が倉庫中に響き終わった時、俺は口を開いた。 「華からはここに来ることなんて一言も言われてなかったよ。俺が捜したんだ」 「え...なんで捜していたの?」 「...谷川先生が呼んでいたから。でもいくら捜してもいないから教室に戻ったんだ。そしたらこの紙」 俺は、教室に戻った時に友樹から渡された紙を見せた。 「友樹が、この紙が華の机の上にあったんだ。気になって見てみたら嫌な予感しかしない文章が書いてあるって言われて」 「え...」 華は静かに涙を流して俺のことをまっすぐ見つめている。俺は華のそばに行って、愛美を見た。その時の彼女の顔は驚き、怒り、悲しみが混ざっているような感情をしていた。 「ごきげんようブサイクちゃん。昼休み、使われていない倉庫に向かうようにね。来なかったらどうなるかわかってるでしょ?じゃっそういうことで、待ってるね...この文章に心当たりはあるだろ?愛美」 「こ、これはただの冗談で」 「冗談だったらなんでお前とお前の友達がいるんだ!なんで華を傷つけてるんだ!」 愛美の言い訳に耳を傾ける暇なんてない。華が棒で頭を殴られた瞬間を見てしまった俺は、華を保健室に連れて行かないとと思った。こんな状態から俺は華を守れなかった。そもそも俺は華の彼氏でもないから守ることが使命でもない。それでも華を守りたいって思っている自分がいる。 ー 大好きだから 「...」 「なんか言わないのかよ愛美!説明してくれよ、この状況を...」 「気に食わなかったのよ!」 俺の言葉は愛美の言葉によってかき消された。驚いて愛美を見ると、彼女は華を睨みつけながら言葉を次々に出していった。 「こいつが...こいつが和也と関わるから、私より可愛くなって和也と仲良くしていることが気に食わなかっただけなのよっ」 「...俺がこの問題の原因ってことであってるか?」 「いや、違うよっ。こいつが和也と仲良くしているからっ」 「俺が結局関わってるじゃん。俺が華と関わらなければ良かったのか?俺が華と関わらなければこんなことはなかったのか?」 「そ、そうだよ」 愛美は認めた。華が傷ついているのは俺が華と関わっているから。愛美はそういう考え方を持っている。俺は思った。いつ誰と仲良くなって、どんな関係になっても他の人には関係ないはずだってことを。 怒りが爆発しそうだった。両手を今横に下げている。冷静を保とうとするが愛美の発言が本当に俺を苛立たせた。 「てことは俺は愛美の人形だと言いたいんだな?」 「えっ、そ、そんなことはない」 「言ってることにつじつまが合わないよ。人形じゃないならなんで俺が華と関わるかどうか自体を愛美が決めてるように言うんだよ。」 「それは...」 「か、和也くん。愛美はただ...」 「うるさい...黙ってくれないか」 両手に拳を作ってしまっている。もし愛美が女子じゃなくて男子だったら俺は顔面をおもいっきり殴っているかもしれない。怒りのせいで全身が震えている。 ー このままだとまずい、愛美を殴ってしまいそうだ。どうにか冷静を... そう思った時だった。拳の上にある腕が、冷たすぎず、熱すぎない優しい温もりの手に掴まれた。華が俺の腕を掴んだのだ。 「和也...」 「...」 「和也、お願い聞いて!こいつがただ和也と関わるのが嫌だっただけ!」 「だからって、人殺しになりそうになる行動をするのか?鉄の棒だぞ。お前らが目掛けているのは頭だ。勢いが強かったら、華は死んでたんだぞ。頭蓋骨が割れて破片が脳に...」 想像しそうだ。華が死んだときの未来を。殺されたときの。高校入学からずっと一緒だった友達に殺されたときの未来を想像してしまいそうだ。そんなこと想像したくない。暗い未来だから。 好きな人が死ぬのは憂鬱なんだよ。心の叫びを今声に出して叫びたかった。でも、優しくて静かな天使のような声によってそれは止められた。止めてくれた。 ー 華、なんで君は傷つけられても優しくいられるんだよ... 「和也、もういいよ。和也が泣いちゃってるよ」 掴まれていない左手で頬を触ると濡れていた。怒りのせいで泣いていたのに気づかなかった。俺は、好きな人を守りたいと思っていたのに守れていなかったことが悔しくて泣いているのだ。はたから見たら俺の今の涙の意味は本当にしょうもないことだと思われるかもしれない。だが俺は本気なんだ。 「和也...わ、私は悪くないって」 「もういいよ」 「え?」 「俺は...もう愛美と話せるかがわからなくなった。ごめん」 「え、どういうこと?」 愛美の質問に対して俺は何も答えなかった。口を利きたくなかった。愛美と話すことなんてない。今は華が優先だ。俺はしゃがんで目線を華と同じにして問いかけた。 「華、立てそう?」 「え、足がちょっと痛いだけだけど筋肉痛みたいな感覚だから立てるし歩けるよ」 「...お前ら全員出てけ。華と2人きりになりたいんだ」 「え、でも」 俺はため息を吐いて呟いた。愛美たちが出ていかないなら俺が華を連れて立ち去ると。それでも動かない愛美たちだから俺は華をおんぶして倉庫から出た。 「ちょっ、和也。一人で歩けるって」 「いや、頭やられたんだろ。無理に歩くな」 「でも」 「...なあ、俺を信じるか?」 立ち止まって華の顔を見る。俺が真剣であることを察したのか華まで真剣な顔になって頷く。華の真剣さに笑ってしまった。 「華真剣すぎだよ。信じてくれて...嬉しい」 「うん」 「何顔赤くしてんだよ」 「それ、和也もそうでしょ」 2人でからかいあっているのがついつい面白くて2人で笑った。俺は華をおぶったまま保健室へ連れて行った。今日は保健室に先生がいた。指示通りに華をベッドに寝かせた。しばらく華と2人で話したいと先生に言うと、少し考えて返事を言った。 「わかったわ、授業担当の先生に伝えときます。ただ、学校は抜け出さないでよね?」 「はい」 保健の先生が部屋を出た。一安心してふっと小さく息を吐く。やっと華と2人きりになれた。華に聞きたいことが山程ある。ただ、聞いても華が素直に答えてくれるかどうかがわからない。 俺は頭を掻いて華と呟く。 「愛美がごめんな...いや、俺が謝ることじゃないけど。こう、なんつうか。守れなくてごめん」 華の顔を見て言うと彼女はきょとんと目を丸くして俺を見る。 「なんで謝るの?守れなくてって、私達付き合ってないけど」 「...俺は守りたいんだ。華を守りたいんだあの美術の授業の怪我以来」 「...そうなんだ」 保健室に沈黙が訪れた。なんて言えば良いのかがわからない。どうやって話を進めれば良いのだろうか。 「あ、あのさ。教えてくれない?今日のこととか色々」 「...」 「まあ、言えないなら無理して言わなくていいよ」 全然口を開かないから、言いたくないと認識して諦めようとした時、華が口を開いた。俺は黙って華の話を聞いた。 「今日のことは、本当に急だったの。まあ愛美にされたことは全部急だけど。置き手紙は朝下駄箱に入ってて、倉庫に行かないとどうなるかわかってるよねって書いてあって」 「うん」 「それで、行かなかったら最悪の場合殺されるんじゃないかって怖くなって。行ったら、このありさまで」 「愛美からの嫌がらせってことでいいの?」 「嫌がらせなのかな?今回は今までよりかは最悪なものだと思うけど」 「今までって。いつから愛美にこんなふうにされてたんだ?」 華はしばらく何も言わなかった。俯いて黙っていた。流石に言いたくなければ諦めようと思った。華は口を開かせた。『いつから』の質問に対しての答えに耳を疑った。華は2年前、高校に入学したときだからだと答えた。この2年、3年間も愛美からの嫌がらせに耐えてきたことが凄いと思った。 「そんなに長くて、よく耐えられたな」 「まあね、何度もこの世から消えたいって思ったことがあるけど」 「自殺を考えていたのか?」 「ちょっとね、でも父と母さんのことを考えると死ねないなって。相談できる人なんていないから、ずっと我慢して」 「華、もう我慢しなくていいんだよ?」 「...そんな事言われても」 「華にはもう傷ついてほしくない。我慢して苦しい思いなんてしてほしくない。もう、一人で抱えるな」 「なんで...なんで和也がそんな事言うの」 確かに、俺は華に色々言う資格なんてない。でも、俺が今言っていることは事実。華のことを思う皆が同じことを言うであろうことを言っただけ。そんな俺の言葉を華が受け取ってくれるだろうか。 華は自分の痛みを打ち明けてくれるだろうか。助けを求めてくれるだろうか。俺は華の側にいたいだけだ。華への気持ちが徐々に膨らんでいく。今俺は、自分の華への気持ちに向き合いすぎて華が俺を呼んでいることに気が付かなかった。 「和也?和也!」 「え、あ、ごめん」 「うん...和也、なんでさっきみたいなことを言うの?」 『告白』 今がタイミングかどうかはわからないけど、気持ちを伝えなきゃ、華は俺を理解してくれない。俺は華に気持ちを告白することを決めた。 この時、俺は震えていた。気持ちを伝えるのが少しだけ不安だったから。それでも俺は華の目を見て告白をした。
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