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Appearance End
人の気配がして目が覚めた。
「あれ、電気つけっぱなしだったっけ」
寝ぼけ眼をこすりながら俺は体を起こした。カーテンから漏れる光はなく、闇が広がる。
「まだ、夜じゃん、今何時だろ。」
枕元の時計を見ると2:30。まだ、いや、3回目だ。
前回よりわかったことが増えた。廊下に着くと彼女の足が速くなるのと、彼女の手に大きな火傷の痕があることだった。
「大きな火傷の痕。火事にでもあったのか?いや、これだけでは俺の記憶はヒットしないようだ。やはり顔か、彼女の顔を見ないことには何も始まらないのか。」
いつものように喉が渇いた。またキッチンへ行こう。
行きの廊下は安全だということがわかっているから、考え事をしながら進める。そういえば、今回も2:30に目が覚めたが、この時間に何かあるのか?
「ああ、わからないことだらけか。何回襲われればいいんだ、いや、何回が限度なんだ。襲われて生き返っているとしたら、何かを見つけるまで、あるいは彼女が何かわかるまで・・・?いや、まだ情報が少なすぎる。もう少しわかることが増えれば…」
キッチンについた。水を飲む。前回は確認しなかった居間をキッチンから見てみる。見当たらない。また、居間へと進む。前回、彼女は左横の脱衣所にいたが、今回は果たして。
音を立てないように慎重に闇へ一歩踏み出す。
進む時計の針の音だけが聞こえる。いや、それに交じってキィという扉がきしむ音が聞こえたような気がした。警戒するに越したことはない。
さらに前へ進む。壁伝いで夜目をこらして一歩ずつ。
居間についた。誰もいない。テレビが音もなく野球の試合を流している。電気もつけない部屋で、ほのかな光が周りを照らす。
壁に何か貼ってあるのに気づいた。
「なんだこれは。」
目を凝らすとどうやらこれは切り取られた新聞記事のようだ。
「えーっと、沼髪市で一家全焼。沼髪市、思い出した、俺はここに住んでいた!」
漏れ出ていた独り言に気づいて思わず口をつぐむ。だがすでに遅かったようだ。ヒタ、ヒタ、と足音と水音が同時に近づいてくる。
新聞紙を無視し、来た道を戻ろうと振り向いたとき、パッと居間の明かりがついた。あまりの眩さに目がくらんだ。
「見つけちゃったのね」
優しいような懐かしいような声が聞こえた。
回復した視界に、濡れ髪の白装束の女がこちらを見ていた。顔も手もはっきりとわかった。
「菜緒」
彼女は俺の妻だ。
「あなた、それ、読んでみて。私が口で言うよりも、ずっといいわ。」
そういわれて俺は壁にある記事に目を落とした。
『沼髪市で一家全焼。2020年7月14日午前2時30分ごろ、沼髪市のある住宅が全焼し、焼け跡から一人の男性の遺体と一人の女性が発見された。警察によると、救助された女性は一部火傷を負いながらも一命をとりとめたようだ。なお、全焼の原因は火の不始末であるとされており、何かしらで使用した火がガスボンベに引火し爆発から火災が起こったと見られている。』
「だから、俺はずっと喉が渇いてたんだ。だから、俺は2時半にしか起きなかったのか。だから、俺は記憶がなかったのか。だから、俺は何度意識を失っても君を探しに行ったんだ。だから、そうか、俺が、俺の方が幽霊だったんだな。」
全てのピースがはまった気がした。
「私もあなたと一緒にいて、でもあの爆発が起きた時あなたは私をかばって、それで」
「待って。言わなくていい。そうか、俺は菜緒を守れたんだな。」
「守られて遺されたのもつらいけど、でもあなたに救ってもらったから、私は今日まで、あの日から10年経った今まで生きてこられた。本当にありがとう。」
「菜緒。どうやら俺はもう限界みたいだ。最後に君に会えてこうして喋れて、本当に良かった。俺は幸せだったよ。ありがとう。」
今まで以上に眩い光が俺の身体を包む。神など信じてこなかったけれど、信じざるを得ない。もう時間か。まだ何か思い出せていない記憶があるような気もするけど、きっと気のせいだろう。
ばいばい、菜緒。
俺の思いが通じたかのように、彼女は俺に手を振り、微笑んでいた。
俺は光の粒となって空に吸い込まれた。
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