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招待状
名簿に目を走らせていた受付係は小首を傾げてから顔を上げた。
「すみませんが、もう一度お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
ナオミが意識的にはっきりとした口調で氏名を告げると、係りの女は再び名簿に目を落とした。しばらくそうしてから、彼女は隣にいたもう一人の女に何事かを囁き、今度は二人がかりで名簿を指でなぞりながら確認し始めた。
やがて、二人して顔を上げた女はどちらも気まずそうな表情を浮かべていた。
「申し訳ございませんが、招待者名簿にお名前が見当たらないのですが」
「そんなはずないわ。私、あの子とは高校時代からの友達なのよ」
ナオミはバッグから封書を引きずり出して相手に突き出した。
「ほら、このとおり招待状も受け取ってるんだから」
その内容を確認した女は困惑しつつ、
「ですが、名簿に名前がない以上、お席をご用意することができ……」
「あんたじゃ話にならないわ」
ナオミはその言葉をさえぎると、
「トモコを呼んで。新婦をここに呼ぶのよ」
一人の受付係が慌てて走り出した。しばらく待つとナオミの携帯が鳴った。見ればトモコからの着信だった。電話に出るなり、
「ごめんねナオミ。なにかの手違いがあったみたいなの。席は用意させるから、式場に入って」
その間に戻ってきた受付係がもう一人に説明している。
頭を下げる二人を冷ややかに睨みながら、ナオミは式場へと向かった。
新郎新婦が誓いの口付けを交わす光景をナオミは複雑な思いで見つめていた。二人は手を取り合い、腕を組み、退場するため式場の中央を静々と歩んでいく。
ナオミは出口付近の席にいた。夫婦となった二人がそこを通りかかったとき、新郎と目が合った。その瞬間、彼が動揺したように見えた。
式が終わり、来賓は披露宴会場へ移動することになった。その途中、ナオミを呼び止める声があった。振り向けば、観葉植物の陰から新郎がこそこそと手招きしていた。
ナオミも周りの視線を避けるようにそちらに向かい、人目のない階段の踊り場で彼と向き合った。
「どうしたの?」
彼女の問いかけに、新郎はあきれながら口を開く。
「どうしたもこうしたもないよ。なんでお前がここにいるんだよ?」
「なんでって、招待状をもらったからじゃない」
「招待状?そんなバカな。お前の分は出す前に俺がこっそり捨てたんだぞ」
「は?捨てた?どうしてよ?」
「お前が式に来ないようにだよ」
「どうして来ちゃだめなのよ」
「気づかれたかもしれないからだよ」
「気づかれたって、私たちのこと?」
「そうだよ。それなのに今日名簿を確認したらお前の名前があってさ。慌ててお前の名前を消した名簿とすりかえておいたんだよ」
「あれあなたの仕業だったの?なんで?」
「だって、招待状出してない奴の名前が名簿にあったらおかしいだろ」
ナオミは悶えるように身体をくねらせてから吐き捨てるように言った。
「バカじゃないの?それならそうと私に連絡くれるだけでよかったのよ。そうしたら来なかった」
「いやいや、しばらくは連絡とらないようにしようって言ったのはお前だからな」
「確かに言ったわよ。結婚式の前後はあなたもあれこれ大変だろうと思ってね。だけどそれも時と場合によるでしょ。下手な小細工すれば余計に勘繰られるだけ……」
言っている途中でナオミは新郎の視線が上方へ向けられていることに気づいた。彼女もそちらへ目を移すと、階段を下りてくる誰かの足が見えた。
姿を現したのは真紅のドレスに身を包んだトモコだった。彼女はナオミには目もくれず、新郎に歩み寄った。
「あら、こんなところにいたのね。式場のスタッフの方が探していたわよ。衣装の着替えがまだ済んでないって」
「あ……そうだった。うっかりしてた」
ぎこちない笑みを浮かべた新郎は慌てたように階段を駆け上がっていった。
それを見届けてから、トモコはナオミに視線を向けた。
「さっきはごめんなさいね。名簿の名前が抜けちゃってて」
「いいのよ。気にしないで」
「ところでさ、ナオミのところには二通届かなかった?招待状」
「ううん。一通だけよ」
そう答えたナオミはすぐにその意味に気づき、しまったと思った。
彼女の表情の変化からそれを感じ取ったナオミは含み笑いを見せる。
「やっぱりね。彼、あなた宛ての招待状だけ出さなかったんだ。よかった。念のためもう一通出しておいて」
そしてゆっくり親友の耳元に口を寄せて囁いた。
「あなたには、友人代表としてのスピーチをお願いするつもりだから。彼のね」
よろしくと言ってトモコが階段を上っていく。
その姿をナオミは直視することができなかった。
彼女は披露宴に出ることなく、そのまま会場を後にした。
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