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桜の木の下には死体が埋まっていると、昔聞いたことはないだろうか。儚い夜桜の下で、汗水垂らしながら、シャベルで土を掘り返している男がいた。舞い散る花弁が涙のように流れていく。
「お花を見ながら、お食事なんて素敵ね」
柔らかな表情で笑う女が言った。
「花より春子ちゃんの方がいいよ」
「あら何言ってるのよ、颯斗くん」
ブルーシートを広げて幸せそうに花見をしていた麗らかな春は3年前だった。あれからこの2人が変わらぬ想いを持ち続けることは叶わなかったようで、季節とともに気持ちは移ろっていった。
春子は、舞い散る、しだれ桜の下で、決意を固めていた。
「颯斗くん。伝えたいことがあるの」
真剣な面持ちの彼女に、まだ冷たい南風が吹き荒ぶ。
「私、好きな人が出来たんだ。颯斗君には悪いけど、もう別れてほしいの」
黙って聞いていた颯斗が彼女を睨んだ。
「じゃあ、今まで付き合ってきたのはなんだったんだよ。何のための時間だったんだ」
今までの時間を噛み締めるように彼は言った。
「今までの時間は忘れない。あなたのことも忘れない。でも、新しい出会いがあって、新しい恋がしたいの」
"春は出会いと別れの季節"とはよく言ったものだ。もっといい男、より気になる男がいれば乗り換える、そんな"わがまま"を春子がするわけないと颯斗は思っていた。春子の気まぐれが信じられない颯斗は激怒した。
「俺はどうすればいいんだよ!お前とお前の新しい恋人のために、俺が手を引けっていうのか!?」
ーー彼が激怒して、桜の木の下では口論が続く。人の恋愛沙汰とは救いようのないものだと、桜の木も見下ろしているだろう。やがて、赤い花弁に見惚れた男は、誰にも見つからないように土の中にそれを隠した。
冷たい土の中で、出会いと別れを羨み恨む。
春はいつも切ない季節だから、人間の儚い恋を憐れむように、桜も涙を流すのであった。
いつの日か、また麗らかな春に出会えたなら……
散らせた花にそう思うことが身勝手だとしても、男は春に恋焦がれるのであった。
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