前編:雨宮 櫂の言い訳

3/7
150人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
□ 2 □ 「おま、それ……暴行されたのか??」  待ち合わせの場所にやってきた莉央人のあまりの姿に俺は青ざめた。  制服のボタンはそれはもう奪われるだろうとは思ったが、上着自体もなくてセーターもシャツのボタンもベルトもなくなっていたのだ。  ボロボロのシャツを着た莉央人は、暴行か追い剥ぎにでもあったのではないかという風体である。 「ううん。欲しいっていうからあげた」  どんな格好でも涼やかで表情の乏しい莉央人は綺麗すぎて、映画のワンシーンかよと突っ込みたくなる。 「……お前なぁ、モテすぎるのも考えもんだな」  なんとなくこんなことになるかもと予想していた俺は、荷物から上着(パーカー)を出した。 「ほら、寒いかもって予備に持ってきたやつ貸してやるよ」    莉央人は俺より背が高いけどオーバーサイズだから問題ないだろう。適当な言い訳を言いながら押し付けるように渡す。  パーカーを受け取った莉央人は俺を見つめてからパーカーの匂いを嗅いだ。 「置いてたやつじゃねぇし!」 「うん、いい匂いがする。ありがとう、借りる」  ロッカーに放置してたやつと疑われたのだろう。  まあ確かに俺はズボラなとこあるから仕方ないけどさ。     パーカーを着た莉央人は無表情だが明らかに安堵した様子で、普通に考えてボタンを引き千切られて奪われて絶対怖かったよな、とか思ってしまって。  どうしてみんな莉央人のこと好きだと言うくせに、困らせるんだよって思っちゃって。 「俺だったら莉央人のこと大事にするのに」 「え?」  思わずこぼれ出た言葉に俺は慌ててしまう。 「あ、いや、あんまりにもひでーなって思っちゃって。帰りとか電車乗るのにどうすんだよって考えればわかるじゃん」 「オレも断らなかったから」  苛つく俺を気にする様子もなく、ちょっとだけ諦めた雰囲気をかもしだす莉央人にさらに苛ついた。 「断れよ」 「なんか悪い気がして、無理だよ」 「っ! じゃあ俺が莉央人と付き合いたいって言っても、断らないのかよ!」  売り言葉に買い言葉だ。  …。……。………………。   「えっ?!!!」  たっぷり30秒は経過してから莉央人が今までで聞いたこともないような大きな声で驚いた。  まあ、そうだろう。  いきなり友達にそんなこと言われたらビビる。これが女子なら分からないでもないが。  大事にするとか言って、俺が困らせてどうするんだよ。  正直、自分の失言のせいで空気最悪、針のむしろである。  逃げ出したかったがこれで莉央人が断るということを覚えられるなら、意味ある犠牲だと自分に言い聞かせた。  どうせ叶わぬ恋である。  玉砕上等。なんなら莉央人の人生の肥やしにしてくれ。  そんな気持ちで莉央人の返事を待つ。  どんな顔してるのか見るのが怖くて俺は俯いた。  他の奴らが見たら無表情でも、きっと綺麗な顔のまま嫌悪感を漂わせているだろう。  俺にはそれが分かる自信があったから。  …。……。………………………………。    あまりに長い沈黙に耐えられなかったのは俺の方だ。  本当はもう少し待ってあげたいが、他のことならいくらでも莉央人のペースに合わせるが、さすがにこれは耐えられない。 「あのさ、これで解っただろ? 嫌だと言わなきゃいけない時もある!」  日本人お得意のへらへら愛想笑いで俺が顔を上げれば、いつもと変わらぬ莉央人の端正な顔があった。  俺が着ると部屋着にしか見えないパーカーも、莉央人が着ればハイブランドに見えるから不思議だ。 「……わかった」  静かに答えた莉央人に胸を撫でおろす。  これなら冗談だったと笑って流せるだろう。  そう思ったのに、なぜか俺は莉央人に抱きしめられていた。 「は????」 「付き合う」 「いや、は?」 「嫌じゃないから、断らない。(かい)は嫌?」  嫌な訳がない。 「あ、や、え、は、え??」 「あ、いたいた。井瀬っち、あめめーカラオケ行くぞーっ!」 「うん、今行く」  抱きしめ合う俺たちという謎の構図を気にすることなく声をかけてきた友人に莉央人は答えると、俺の腕を引いて歩き始める。  心臓がどくどくと五月蠅くて何が起きたのか解らなかった。  解らないまま、俺は莉央人と空気を読まないいつものメンツと高校生活最後のカラオケに行ったのだった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!