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後編:井瀬 莉央人の主張
■ 1 ■
自分でいうと大抵引かれるけど、オレは自分の顔が気に入っている。
格好いい顔に産んでくれた母には感謝しかない。
だけどこの顔のせいで人生がちょっと面倒だなと思うこともあった。
そもそも感情を表に出すのが苦手だ。
笑えない、泣けない、怒れない。
いや正確に言うなら喜怒哀楽はちゃんと感じてる、と思う。他人と比べようがないから判らないけど。
ただ間違いなくオレの感情は顔や態度には出なかった。
何故かと聞かれてもオレにも解らない。
むしろ表情豊かな人間こそ、どうしてそうなのか説明してほしいくらいだ。
顔が整ってるのに無表情なオレは、遠巻きにされることが多かった。
そんなオレにも気軽に声をかけてくれたのが雨宮櫂だ。
櫂は純日本人といったサラサラの黒髪につぶらな瞳、慎ましやかな鼻と口元をしてるのにぷっくりした頬が可愛い子どもだった。
オレと違って子どもの模範のような子どもで、喜怒哀楽が判りやすく顔に出て、元気な小動物みたいだった。
サッカークラブでドリブルがやっと出来るようになった時も、周りは「やっとやる気を出したか」とオレが出来て当たり前のように言ってきたけど、櫂だけは「すごいすごい練習の成果だ! やったな莉央人!!」と自分のことのように喜んでくれた。
オレが表情に出ない代わりに櫂が喜んで、悲しんで、怒ってくれた。
今思えば櫂にすごく救われていたのだと思う。
―― 楽しくないんでしょ、悲しくないんでしょ、怒ってないんでしょ。
そんな風にオレの見た目だけで判断する奴らの言葉で、オレは自分でも「何も感じない人間だ」と思い込むところだった。
だけど櫂はオレの気持ちを決めつけることはなくて、一緒に…いやオレは笑えなかったけど、櫂は笑ってくれた。更にオレの努力も認めてくれた。
普通の人には当たり前の人間関係かもしれないが、整った顔のせいでオレには櫂のような存在は得難いものだった。
「あんだけやってこんな点数かぁ。まあ俺らの実力はこんなもんだな」
「もっと出来るとか、思わないの?」
テストを返されたときに担任から「本気を出せ」と言われたオレはどうしたらいいのか判らなかった。
親に頼んで塾を増やしてもらうしかないのかな、なんて思っていたのに櫂はあっけらかんとした顔で。
「え? 俺たち頑張ったじゃん。頑張らなかったら絶対赤点だったけど、それは回避したし」
「そうだね」
「俺は満足、悔いはなし! 莉央人もめちゃくちゃ頑張ったよ。結果が悪くてもさ、積み上げた努力を否定しちゃいけない……なんてね。ま、次はも少し点数上がるように頑張るか。できるかはわからんけど」
「うん」
櫂はいつも前向きで明るくて、てへへと照れ笑いを浮かべているのに、なんだか頼もしくて、格好いいと思った。
そんな風に周りの成績やスポーツに対する過度な期待も面倒だったけど、女子の恋愛に対する期待もだんだん面倒になった。
告白されて付き合うのに、何故かオレがいつも振られるのだ。オレに非があると言われることも多かった。
正直名前も知らない相手と付き合って、やっと人混みで見つけられるようになった頃には別れを告げられている。
そんなレベルの付き合いでオレの人格を否定してくるなんて、本当に意味が分からなかった。
一番つらかったのは初体験の相手に「なんか違った」と三週間で捨てられた時だ。
別に初体験に夢があったわけじゃないし、年上の経験豊富な人だったから色んな意味で勉強させてもらえたけど、その「なんか違った」というのは体の相性なのか、この動かない表情のせいなのか判らなくて落ち込んだ。
その時も櫂が「ヤリ逃げかよ!!」と怒ってくれて「まあでも性の不一致てのは離婚の原因にもなるらしいから気にすんなよ」なんて良く分からない慰めをしてくれた。
ヤリ逃げしたことには怒ってくれたが、それでいて決して元彼女たちを蔑むことを言わない。
櫂の人の良さは、荒み始めたオレの心を綺麗にしてくれていたんだと思う。
そうでなければとっくに人間不信になっていただろう。
オレにとって雨宮櫂は、歴代の彼女たちなんかと比べることもできないほど、大切で代わりのいない存在だった。
オレはそんな櫂との関係を当たり前のように「親友」という言葉に収めていた。
それが打ち砕かれたのは高校の卒業式だ。
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