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■ 2 ■
「制服のボタンを記念にください!」
なんの記念か解らなかったが、委員会で一緒になった後輩だし制服はもういらないし、あげてもいいかと思った。
呼び出された自転車置き場で上着からボタンを外していれば、気付いた時には十数人の女子に囲まれていた。
はっきり言って、恐怖である。
「わたしも!」
「私もお願いします」
「ねぇ、ちょっと待って、あんた一年でしよ? 何いってんの?」
「お前こそ後から来て偉そうにすんなよブス」
「やだぁ、怖ぃ、りおと先輩が引いちゃうよぉ」
「え、ヤバ、近くで見てもめちゃイケメン」
口々になんか言ったり叫んだりしてて良く分からなかったけど、身の危険は感じた。
四方から手が伸びてきて、オレは着ているものをとにかく遠くへぶん投げた。
そして脱兎のごとく逃げる。
鞄とか荷物を櫂に預けていて本当に良かった。持っていたら全部奪われていただろう。
オレは相当怯えていたのだが、多分誰も気付いてくれなかった。
いや、ただ一人だけ、気付いてくれた。
「おま、それ……暴行されたのか??」
待ち合わせ場所に行き、オレの姿を見た櫂が真っ青な顔でヨロヨロと近寄ってきた。
オレなんかよりもよっぽど櫂の方が怖い思いをしたんじゃないかって顔色だ。
青ざめた櫂を見て、オレはすごく安堵した。
オレの恐怖を解ってくれて尚且つ親身になってくれる。
オレをちゃんと見てくれている。
外見だけでなくて、全部ひっくるめて、オレの見えない感情も認めてくれている。
オレは櫂という存在に感謝した。
高校生になった櫂はふっくらほっぺではなくなって、すっとした輪郭に全体的にバランスのいい小顔になっていた。健康的でお肌もすべすべでいい匂いがする。
「ほら、寒いかもって予備に持ってきたやつ貸してやるよ」
櫂という存在の尊さに感動しているオレに、櫂は自分のパーカーを貸してくれた。
オレは思わず匂いを嗅いでしまう。単純に櫂成分をもっと摂取したかっただけなんだが、洗ってないのではとオレが疑ったゆえの行動だと思われたらしい。
本当なら櫂の首筋に顔を突っ込んで匂いを嗅ぎたいくらいだったが、それは流石にヤバいので自重した。不審行動をしたくなるくらいオレは恐怖を感じて、混乱していたのだと思う。
だけど借りたパーカーを着れば、櫂の匂いに包まれて大分冷静になれた。
櫂の見た目はちゃんと成長してるのにオレの代わりに憤りを全身に表して、だむだむと足を踏み鳴らす小動物じみた行動は変わらない。
こんな酷いことは断れよと、櫂が当たり前のことを言ってくれたけど、オレは無理だと答えた。
オレのことを…この容姿を好きだと言ってくれるのは嬉しいし、断って変に粘着されるのも怖い。
そんなことを考えていたオレに、突然、爆弾発言が投下された。
「じゃあ俺が莉央人と付き合いたいって言っても、断らないのかよ!」
言ったあと、櫂は青ざめてから真っ赤になって俯いた。
櫂と付き合う?
つまりそれは櫂の匂いを嗅ぎまくったり、抱きしめたり、キスしたり、突っ込んだり、なにもかも優先して独占してもいい権利を貰えるということだろうか?
想像してみても嫌悪感はなかった。
オレが考えていると思考をぶった斬ってくる女たちとは違う。
こうやって考えをまとめるまで待っていてくれる、優しい櫂が、オレのもの……。
「えっ?!!!」
あまりにも甘美な提案に声を張ってしまった。びくりと櫂の肩が揺れる。
ああ、かわいいかわいいかわいいカワイイ可愛い。
意識すればどんな着飾った女よりも、櫂が断然可愛く見えてきた。
告白されてこんなに浮かれたことはない。
嬉しくてぶっ倒れたい。地面で手足をバタつかせて背泳ぎしたいくらいだ。
そんな奇行に走らず、だらしない顔を晒さないで済んだのは動かない表情筋と行動力のおかげだった。
つらつらと頭の中で狂喜乱舞し好きなインド映画のダンスシーンを踊りまくっていると、櫂が絞り出すような声を出した。
「あのさ、これで解っただろ? 嫌だと言わなきゃいけない時もある!」
そこでハタッと現実に呼び戻される。
もしかして櫂は教訓の為に嘘の告白をしてきたのだろうか?
櫂はへらりとお得意の愛想笑いを浮かべている。
いや違う。
櫂はオレに解らせるためだからって嘘なんてつかない。
特に告白に関しては、誠実に誠意を持って対応しろと、母や姉よりもすっぱくオレに言っていたくらいだ。
櫂もオレと付き合いたいのは間違いないだろう。そうであって欲しい。たとえ思いつきの告白であっても、少しは俺に気があるはずだ。
ならばもっと好きになってもらえばいい。
「……わかった」
好きになる努力はしたことがあるが、好きになってもらう努力はしたことがない。
それでもきっと櫂ならば、上手くできなくても、努力したことを評価してくれるはずだ。
オレは思わず櫂を抱きしめていた。
「付き合う」
「いや、は?」
振られると思いこんでいたのだろう、体を固くして驚いている櫂が愛しい。
「嫌じゃないから、断らない。櫂は嫌?」
「あ、や、え、は、え??」
嫌と言わないなら、答えはOKで間違いない。
あわよくばキスくらいしようと思ったところで、約束していたカラオケの時間になってしまい、仕方なくオレは櫂の手を引きみんなと合流した。
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