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きっともう会うことはない相手。たった一度会っただけの相手を忘れられないのはなぜだろう?
目を閉じて浮かんでくるのはあの日の横顔で、何度も夢に見ては現実に引き戻される。
決して出会ってはいけないはずの相手との出会いが、俺の心を搔き乱していく。
――どんな時でも冷静に判断し対応しろ――
それが組織に入る時に唯一告げられた言葉だった。今まで一度だって迷ったことなんてない。
いつだって冷静な判断をしてきたのに、俺は何を迷っている?
ただ、会いたい――。
もう一度、あの男に会いたい――。
その思いが大きくなっていることに気づき始めていた。
危険を犯してでも一目だけでいい。この目に焼き付けたい。
初めて組織の教えを裏切ろうとしている。
共に行動していた仲間に「後で合流する」とだけ言い残し、俺は男の所属する組織の近くまでやってきた。
ドアが開くたびにごくりと生唾を飲み込む。
そして今日何度目かの緊張感の末、ようやく男がドアから姿を現した。
思わず息を呑み込んで顔を隠す。
バレるわけにはいかない。そう思うのに男の背中を追わずにはいられなかった。
ある路地裏に差し掛かると、男の姿を見失い「お前、よくそれで仕事を任されてるな」とあの太い声が耳に届く。
振り返れば、ずっと会いたかった人物がこちらに向かって一歩一歩と近づいてくる。
真っ直ぐにこちらを見つめたまま縮まっていく距離に、心臓が尋常じゃなく跳ね上がっていた。
「でっ、ここでなにしてる?」
「別に……。俺はただ……」
「この状況が規約違反だということは?」
問いかけられた言葉に静かに頷く。
わかっている。わかっていて俺は今ここにいる。
もしも組織の人間に知られてしまったら――きっとただ事では済まないだろう。
「死ぬ覚悟は?」
「できれば死なない方向でって言いたいとこだけど……」
「お互いにな」
二人でふっと笑うと、男はそのまま俺の腕を掴み少し前を足早に歩いていく。
このまま全てを失ってもいいとさえ思っている俺は、きっともう完全にイカれてる。
それでも今目の前にある男の背中を捉えたまま 着いていくことを決めた。
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