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乗り越えて
僕たちは不妊治療を再開した。結局、他に道は無かった。狂気と普通の間を行き交うように2人で歩を進めた。
実際、僕たちは進んでいたのか、戻っていたのか、足踏みしていたのかまるでわからなかった。
そして2年近い日々が過ぎた。
僕は目の前のドアを見つめた。この先に美希がいる。じっとしていられない。叫びそうになる。でも、耳も澄ましたい。期待と不安と絶望が僕を掻き乱す。思考は形をとるのをやめてしまっていた。
世界で1番愛しい泣き声が僕の耳に届き、僕は崩れるようにしゃがみ込んだ。そして温度を伴った歓喜が僕の身体を包んだ。
看護師さんが僕の腕を掴み、ドアの向こうへ連れて行ってくれた。
そこには誇らしげな美希と生まれたての赤ちゃんがいた。2人はほのかに光を帯びて見えた。
様々な思いや言葉が我先にと僕の口から出そうになった。僕はできるだけシンプルな思いを口に出した。
「美希。ありがとう」
「うん。頑張ったよ」と美希は言い、平たくなったお腹を優しくさすった。
僕たちは手を取り合って泣いた。その声に負けないぐらいの声で赤ちゃんも力強く泣いていた。
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