ただいま

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ただいま

「ただいま」と僕は心の中で言い、家のドアをそうっと開けた。当然、返答は無かった。  家に入るとまず目につくのは玄関に飾ってある写真だ。笑っている赤ちゃんを抱いている美希が写っている。美希もこれ以上無いくらい、頬が緩んでいる。同じ様な写真は寝室にも飾ってある。こちらは僕も含めた3人の写真だ。  赤ちゃんだけの写真もある。それは至る所に飾られていた。埃をかぶる前に僕が新しい写真に変えていた。  僕は洗面所で念入りにうがい、手洗いをした。そして音を立てないようにリビングに入り込んだ。  美希は赤ちゃんをあやしていた。ねんねしていない。音を立てても大丈夫だ。 「ただいま」と僕は声に出した。 「あっ。マサくんおかえり。この子のせいかな?気が付かなかったよ」と美希は言った。   美希の手元からは可愛らしい笑い声が聞こえて来た。 「何か手伝おうか?」と僕は言い、キッチンを見まわした。 「うん。後はよそうだけだから。パパ、お願い!」  パパなんて呼ばれると思わず背筋が伸びる。  僕はご飯とサラダ、メインのクリームシチューをテーブルに並べた。美希は抱っこ紐で赤ちゃんを抱いて、席に着いた。しあわせな湯気が僕たちを包んだ。  シチューは人参、ジャガイモ、チキン。全ての具が温かな色彩を主張していた。「寒かったから、あったまるシチューは最高だね」と僕は言い、美希は「身体を冷やしたらいけないからね」と返した。美希の胸元で僕たち同意するかのように可愛らしい声が響いた。   「そうだ。これ、買って来たよ、いつ食べようか?」と僕は言い、チーズケーキの箱を掲げた。  美希は満面の笑みを浮かべた。 「今!だって母乳あげると凄くお腹が空くの!お腹空いた!」
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