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01.人を寄せ付けない雰囲気
真夜中の美術大学の中庭。星明かりの下で、ひとりの学生がキャンバスに向かって絵を描いている。夜空を描いたキャンバスには夜空に散らばる星々の姿。孝輔は筆を止めて星空を見上げ、そしてふたたびキャンバスの上で筆を動かす。見事な星空が生まれてゆく。
そんな孝輔の姿を物陰から見つめるひとりの女子大学生がいる。孝輔もその女子学生のことを気づいていないわけではない。孝輔は適当なところで筆を動かす手を止め、その女子大生のいる方へ顔を向ける。同じ油絵学科の後輩、沙和だった。
すると、孝輔がそうすることを予測できていなかったのか、沙和は戸惑いながらも孝輔と視線を合わせ、会釈する。
「ねえ、どうしたの? そんなところにいないでこっちに来なよ」
孝輔が沙和に向かって告げた。沙和は戸惑いながらやってくる。
「ごめんなさい、お邪魔しちゃって」
孝輔はそんな沙和に首を振る。
「いいんだ、別に。でも最近、君はよくそうしてるから、どうしたのかなって気になってたんだ」
沙和は気まずそうな表情でこたえる。
「先輩が絵を描くところを見てたんです。迷惑ですか?」
「ううん、そうでもないよ。俺が絵を描くところなんか見ても面白くはないと思うけどさ」
「そんなことないです。先輩が絵を描くところを見ているだけで、すごく参考になるんです。筆の動かし方も構図の取り方も」
孝輔はあまり人付き合いが上手くない。油絵を描く技術はあるが、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
孝輔自身もそれを自覚している。だから沙和みたいな後輩にそう言われるのは悪い気分ではない。けど、嬉しいのはたしかだ。
「ありがとう。そんなこと言われるのは嬉しいけど、俺なんかまだまだ学生だからね。君の参考になるかどうかはわからない」
すると沙和は大きく首を振って孝輔の言葉を否定する。
「そんなことないです。見てるだけですごく勉強になるんです。あの、先輩。お願いなんですが、ときどき一緒に絵を描いてもいいですか? もちろん、先輩の迷惑にならないようにしますから」
孝輔はもちろんだと快諾した。断る理由はないから。
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