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「君には死んでもらう」
そんな、と言おうとした。まだ生きていたい。しかし、それを言葉にすることはできなかった。
自己犠牲という訳ではないが、確かに自分の存在がのっぴきならないところまで破綻を招き、このまま放置していれば必ずこの世界ごと崩壊してしまうだろうことは、他人から言われずとも分かっていた。だが、自分に何ができただろうか。
こうなってしまったのはいつからだったか。それははっきり分かっている。その時に道を間違えなければ、こうはなっていなかった。そうしたら、自分はまだ生きられただろうか。いや、大差は無いだろう。なぜなら、この世界の神に自分が物申すことなどできるはずがなかったからだ。
「これでは矛盾しています。あなたは間違えています」
そんなことを言って聞いてもらえる訳がない。言ってしまっていたらその時点でこの場所から追い出されていただろう。代わりはいくらでもいる。自分とは違う人間が、自分が昨日まで名乗っていた名前を貰ってここに立つだけだ。
俺が黙っているのを、多分違うように捉えたのだろう。
「不満なのは分かる」
と言葉を継ぐ。
「本当に申し訳ないと思っている。でも、それ以外に破綻を誤魔化す方法が思いつかない。僕の力不足だ」
「いいえ。時間も無いですし、それが一番良いと思います。この物語にとって」
そう言うと少し驚いたような顔をするので、言い足した。
「大きな声では言えないですが、俺がこういう行動を取るのはキャラ設定から矛盾しているから、良くないとは思っていたんです」
「そうだったか」
言って目を伏せる。しばらく黙ったままでいる。
「こんな口約束では信用してもらえないかもしれないが、僕の別の作品できっと穴埋めをする。折角のシリーズものだったのにここで殺されたら次回以降呼ばれないことが、君の仕事をなくすことがどんなに大きいことか、わかっているつもりだ」
黙って頷いた。
「しかしなんだってこんな脚本を書いたんだか、あの人は。風呂敷広げるだけ広げて畳まない上続編の脚本を途中で僕に投げるなんて」
深い溜息をついてがしがしと頭を書いている。自分が大変ですね、と言うのも違うだろう。俺は、目を落としてパイプ椅子に座った自分の太ももをぼんやりと見ている。
「僕の作品では、たとえ若手でも役者が意見を言えないような環境には絶対しない。脚本演出が一番偉いと僕は思っていない。君たちのお蔭でこの世界は作られるんだから。この役はこんな言動をしないと役者が思うなら、その意見は是非聞かせてもらう」
「はい」
俺が爆弾を仕掛けたバスから脱出するシーンが書かれたページを開いて、彼は言う。
「君は洗脳されていておかしな行動を取っていた。そしてここで逃げそこねる。それで死ぬ」
喉が貼り付いたような錯覚がする。唇を舐めて答えた。
「わかりました」
赤いボールペンで勢いよくざっと斜めに線が引かれた。それで、俺の出番はなくなってしまった。
少し考えて、言ってみる。
「せめて、洗脳されておかしくなっていた芝居をしてから死にたいです」
そう言うと、笑って頷いた。
「そうしよう。同情をひくほど哀れに華々しく散ってもらおうか」
さっき消された行から矢印が引かれて、余白にがりがりと新しい脚本家による新しいシーンが書き込まれていく。固いペン先ががりがりと紙を擦る音を、稽古場の隅で俺はじっと聞いていた。
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