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穏やかな春の昼下がり。街路樹の葉から漏れる光に目を細めながら、ゆっくりと家路を辿る。
玄関ドアを開けた私を、楽しげな笑い声が迎えた。
『ついこの間、娘が二人とも独立してしまってねえ。女三人寄れば姦しいっていうのは本当にその通りだったなあ、と、最近つくづく思うんですよ』
ちょうど私と家族構成が同じだと話した今日の客の、寂しそうな、それでいてどこか誇らしげな台詞が蘇る。
二人の姉とともに育った私にしてみれば、家というのはこれくらい賑やかで、華やかでなければ落ち着かない。
足元を見ると、妻と娘たちの靴が揃っている。平日だというのに、珍しいことだ。
こんな時に家族とのんびり過ごせるというのが、零細経営者の特権だろう。もう二十年以上前、新卒で就職したばかりの頃は、父が経営する小さな出版社を継ぐことになるなんて思ってもみなかった。
自室に戻って部屋着に着替え、リビングのドアを開ける段になっても、まだ笑い声は続いていた。
「あ、おかえり」
ドアの正面に座った妻の幸子が顔を上げる。
「ただいま」
私の声に、娘たちが同時に振り向く。
「おかえり、パパ。今日は早いね」
「おかえり。パパクッキー食べる?」
三人は、机の上の何かを中心にして、顔を寄せあっている。
「ああ、うん、ありがとう。由衣ももう春休みなんだっけ」
「ううん、明後日から。今日から短縮授業なの」
彼女は私にクッキーを一枚とって渡すと、机に突っ伏した。
「春休みなのに宿題あるんだよ。おかしくない? あーあ、私も早く大学生になって、真由ちゃんみたいにのんびりしたいなあ」
彼女はどこか恨めしげに姉の顔を見上げる。
「じゃあ文句言ってないで勉強頑張りなよ」
真由の言葉に、由衣はむくれて起き上がる。
私はそんな彼女たちの戯れを微笑ましく眺めながら、椅子に座るついでにふと彼女たちの輪の中心を覗き込んだ。
その瞬間、私はぎょっとして思わず上ずった声を出してしまった。
「どうしたの、それ」
三人が同時に私の顔を見上げた。彼女たちの顔には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「今日、物置を掃除してたら出てきたの。懐かしいでしょ」
幸子のからかうような口調に苦笑しながら、まあね、と答えて席につく。本当に思い出深い代物だ。
そこにあったのは、学生時代の私の写真だった。
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