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タラップを降り、島に上陸した時から、俺は相当変だった。右斜め、一時の方向に引力を感じたのだ。その方向にあるのは暖簾の掛かった昔ながらの民家と、その傍らにいる二人の男だけだった。
近付いて来るその景色の中で、鳥打ち帽の男だけいち早く向かって来た。
俺は悟った。こいつは何か、結末を持っている、と。こいつが何か破壊すれば物語は一つ終わり、また別の物語が始まる。そんな予感を与える風貌をしていた。
すれ違う瞬間、ギュルル、と情けない音が響いた。胃が縮こまる音だ。
「そうか、俺は空腹だったんだ…」
声に出すと――眼の前の民家の暖簾に"そば処"の文字を発見した事も大きな要因だろう――、よりしっくりきた。口に合う料理を摂った時の趣が脳裏に浮かび上がった。
奮発してそばに天ぷらを付け合わせようか、などと考えながら全進すると、抵抗があった。
腹を見ると、屈強な上腕が、俺の腹を貫いていた。
「鳥打ち帽の男だ!鳥打ち帽の男にやられたんだ…!」
それは眼前の光景――鳥打ち帽の男は未だ貫通させた拳を俺の体の裏側に突き出し、目深に隠された表情を綻ばせていた――を一目見れば分かる既成事実だった。しかし口に出して確認しないと収まらない衝撃があった。
腹を抑えたが痛みはなかった。引き抜かれた拳には赤黒い物が、見た事が無い程付着していた。だと云うのに、俺からは一切の出血が無かった。
あれが誰の血なのか、昨日の記憶とか、そう云う物は思い出せないままだが、一つ分かった事がある。クラシックを聴く時の様に、深く鑑賞した訳でもないのに、繊細に分かった。
それは、この島で、今、一つの結末が産声を上げようとしている、と云う事だ。
「俺は今、本当に空腹なんだ」
いつもの長ったらしい実況見分は、この場では野暮だろう。
俺の船旅にFin.が一つ付いたのだから。
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