猪俣村

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猪俣村

 猪俣村は活気に満ちていた。  村人たちは大きな籠を手にし、笑顔で収穫した野菜を運んでいる。元気いっぱいの子供たちが走り回り、おしゃべりや笑い声が飛び交う。手入れが行き届いた花壇には、鮮やかな花々が咲き誇っていた。  村の中央広場では、儀式の準備が進められている。屋台が立ち並び、彩り豊かな提灯や飾り付けが村を華やかにしていた。  そんな村の光景を眺めていると、空に暗雲が立ち込めてきた。洗濯物が風に揺れて踊り始める。 「萌香ちゃん、洗濯物を取り込むの手伝って!」 「はい、すぐに行きます!」  降り始めた雨に気づいた佐枝子は、萌香を呼びながら洗濯物を取り込み始めた。萌香も佐枝子と共に手早く洗濯物を片付けた。村人全員分の洗濯物だったから、取り込むのは大変な作業だった。 「萌香ちゃんは働き者で本当に助かるわ」 「いえ、そんなことありません。私も助けられていますから」 「ずっとここにいてくれると嬉しいわ」  そう言われるのはありがたいが、そういうときの佐枝子は少し寂しげだ。  ようやく洗濯物の取り込みが終わると、突然「ボン」という爆発音がして、小屋から黒煙が上がった。 「あらあら、七悟さんの研究所がまた騒がしいわね。煤が飛び散る前に取り込めてよかった」  誰も驚かないのは、それが日常茶飯事だからだ。小屋の扉が勢いよく開き、真っ黒になった七悟が咳をしながら飛び出してきた。  萌香を見つけると七悟は嬉しそうに駆け寄ってきた。もうすぐ成人する年頃のはずなのに、無邪気さのせいか子供っぽく見える。 「萌香、聞いてくれよ。新しい薬ができたんだ!」  彼の手には泥団子のような真っ黒な物体が握られていた。 「ちょっと待って、七悟さん。それって薬じゃなくて『爆薬』じゃない?」  萌香が警戒すると、七悟はすぐさま首を振った。 「ちがうよ、これは御守りとして使える薬だよ。もし儀式でヨミヅレ様が怒ったら、この『匂い玉』で逃れることができるかもしれないから」 「ヨミヅレ様の怒り……?」  七悟の表情は真剣そのものだ。けれど萌香はその『ヨミヅレ様』がどんな存在か知らなかった。最後の儀式が行われたのは、彼女が村に来るよりもずっと前のことだった。  今、皆が準備している儀式は、村に現れる『ヨミヅレ様』を穏やかに送り返すためのものだ。七悟は匂い玉を手のひらで転がしながらそう説明した。
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