猪俣村

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 七悟は空を見上げたまま語り続ける。 「この村の人々って、家族じゃないのに、家族になりたがっているように見えるよね」 「ああ、うん。そうね」  萌香が遠慮がちに答えると七悟は視線を地面に落とす。 「おれは喧嘩して家を飛び出して……戻ってきたらもう、誰もいなかったんだ」  複雑な事情があるようで、どう返答すればいいのか迷った。七悟の事情を知りたいが、聞いてはならないように感じた。萌香自身も、家族と別れるきっかけは母との喧嘩だったからだ。 「明日は謝ろうと決心して眠るんだけど、結局、そんな明日は来なかったな」 「そんな悲観的なの、七悟さんに似合わないよ」 「やっぱり、決断は明日を待ってはいけないんだよ。明日になれば、その日が今日になるとしてもさ」  七悟の言葉は理にかなっていた。喧嘩したときにすぐ謝れば、こんなに長い別れにはならなかっただろう。萌香の心中は後悔の念で揺れていた。 「家族はきみの帰りを待っているんじゃないか?」 「そうかもしれないけど……」  萌香は首を横に振った。この村での生活に慣れてしまったし、どんな顔をして帰ればいいのかもわからない。 「帰り方だって、わからなくなっちゃったし……」    そう呟いて頭上を見上げると、風のささやきに誘われて月と星が揺れる、不思議な空が広がっていた。
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