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ヨミヅレ様
★
冬のはじまりの日、穏やかに吹く風とは裏腹に村人たちはせわしなかった。大切な儀式の準備に取り組んでいるからだ。
広場には大きな祭壇が設けられ、そばには薪が準備された。周囲には色とりどりの花や豪華な装飾品が飾られる。
村の女性たちは、鮮やかな着物を身にまとい、祭壇に花を飾り付けてゆく。どことなく村全体が神聖な雰囲気をまとっているように感じられる。村の子どもたちは、興奮した様子で大人たちの間を駆け回っていた。
でも、萌香は周囲を見渡して疑問に思った。この村は女性と子供が多く、男性があまりにも少ない。若い男性は、あの奇妙な研究をしている七悟しか見かけない。
準備をしている最中、村の人々が萌香に声をかけてきた。「勇気を出して」とか、「追われたら逃げるんだよ」と言う。悪い予感を煽るような言い方に不安が募る。
数日の準備を経て儀式の日が訪れた。夜になり満ちた月が昇り始める。
萌香のそばには七悟がついていた。その手にはこしらえた『匂い玉』が握られている。
儀式の始まりを知らせる笛や太鼓の音が響き渡ると、村人たちはいっせいに祭壇の周囲に集まり焚火をした。薪が爆ぜて煙を舞い上がらせる。しだいに炎は勢いを増し、頭上の雲を淡く染め出した。
ふいに炎が弱まり、あたりの温度が下がったように感じた。霧が立ち込め、視界がおぼろになる。皆の表情が緊張感を漂わせる。萌香は七悟の背後に身を隠した。
「目を凝らして視るんだ」
そう言われたので炎が淡く照らす空を見上げる。すると空に円形の黒い模様が描かれる。いや、模様ではない。――それは闇を吸い込んだような、漆黒の穴だ。その奥に、ぎょろりと赤い瞳が浮かんでいた。
ずる、ずる……。
穴から出てきたのは、人よりもずっと大きい、蛙のような姿をした生き物。
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