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「ヨミヅレ様だ」
物色するようにあたりを見渡し、ぶつぶつとつぶやいている。「今日ハ、生キタ者ノ匂イガスル」と。
萌香の背筋がぞっと冷たくなる。気づかれているのでは、と思っただけではない。ヨミヅレ様は「生きた者」と言っていたからだ。それが自分のことなら、ほかの人たちは、そうではないのかと――。
「声を殺して。でも、心を殺されないように」
「えっ――?」
七悟の忠告に、つい尋ね返してしまった。七悟が人差し指を唇の前に当てて制したが遅かった。穴の中の赤い瞳はすでに萌香を捉えている。
ヨミヅレ様は両手で穴の縁をつかみ、勢いをつけて飛び出した。宙を滑るように萌香のほうへと向かってくる。
「見つかった! この村から早く立ち去るんだ!」
七悟は萌香の背を押して森のほうへ追いやる。
「ヨミヅレ様、お気持ちをお収めください!」
村人は次々と供物を手にして目の前に差し出すが、ヨミヅレ様は構わず村人を跳ね飛ばし、萌香へと向かってきた。
「生キタ魂ヲミツケタァァァ!」
「だめだ、ヨミヅレ様が怒っている! このままじゃ黄泉に連れていかれる!」
七悟は穴の前に立ちふさがり、手にした『匂い玉』を投げつけた。ぼん、と軽い音がしてお香の匂いのする煙が舞い上がる。
すると煙の中に人の姿が浮かび上がる。必死の形相で腕を伸ばすのは、喧嘩別れした萌香の母だった。
――お母さん!?
「はやく、その手を取るんだ! きみを待っているひとが、向こうにいるんだから!」
けれど萌香は心を頑なにし、首を横に振った。
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