ヨミヅレ様

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★  田舎の学校はとても狭い世界だ。一度、自分が見下されれば、その立ち位置を変えることなんてできない。  おしゃれに目覚めたクラスメイトの女子たちは、親の化粧道具を拝借して試したメイクの話題で盛り上がっている。萌香だけが取り残された。    理由は単純なことで、萌香の母はメイク道具を持っていなかったから。零細の蕎麦農家では、化粧をする必要も、お洒落に時間を使う余裕もなかったのだ。  なんでも順位をつけたがる女子は、萌香を「田舎のダサい子」という立ち位置にして、自分たちが大人になったつもりでいた。萌香の劣等感は怒りへと姿を変えてゆく。処理できない気持ちの矛先を、萌香は母に向けてしまった。  ある日、萌香は作業衣を泥だらけにし、疲れた体を引きずるように帰ってきた母に怒りをぶちまけた。「お母さんがみっともないから、わたしが恥ずかしいのよ!」と。萌香は自分のことしか考えられなくなっていた。  母は茫然とし、怒ることもできず、その場に崩れ落ちた。逆に叱られたほうがどれだけよかったことかと今になって思う。かわりに父と姉にひどく叱責されたので、萌香は逃げ出すように家を飛び出し、湖畔の道を駆けてゆく。追ってきた家族の目を逃れるためにガードレールを超え、茂みに姿を隠そうとした。けれど暗闇の中で足元を見誤った。 「あっ……!」    萌香は急な崖に足をとられ、湖中へと吸い込まれていった。    そして気づいたとき、この猪俣村へと行き着いていたのだ。
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