ヨミヅレ様

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★ 「はやく、その手を取るんだ! きみはこの村から消えなくちゃいけない存在なんだ!」  匂い玉の煙に映るのは、白い壁と近代的な医療機器。まさしく病室の光景だった。現世(うつしよ)での萌香は、いまだ目覚めずにいたのだ。   「いやよ! わたし、この村から離れたくない!」  突然の別れは受け容れがたい。けれど萌香は悟っていた。ここは自分が留まってよい場所ではないことを。だからヨミヅレ様は自分を連れ去りに来たのだと。   「もしもきみが家族の元へ帰りたいと心から願えば、帰れるはずなんだ!」 「でもっ!」 「血の繋がった家族が、きみの帰りを待っていないはずはない。喧嘩なんて、甘えられる関係の裏返しみたいなものなんだから!」  たしかに七悟の言う通り、萌香は家族に甘えていただけなのだ。けれど、もしも帰れるのなら――優しさに甘えるだけじゃなくて、ちゃんと優しい自分にならなくちゃいけない。 「決断するなら、今しかないんだ!」 「グゲエェェェ! 喰ワセロォォォ!」  ヨミヅレ様は大口を開け、萌香に食いつこうと襲いかかる。    ――助けて、お母さんっ!    萌香は腕を伸ばし、煙に映る母の手を握りしめた。その瞬間、目の前がぱあっと明るく輝いた。    振り返ると、村のみんながいっせいに萌香を見つめていた。あのヨミヅレ様も、萌香が消えてゆくのを、身じろぎひとつせず見つめていた。  ただ、寂しそうな瞳をして。
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