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「はやく、その手を取るんだ! きみはこの村から消えなくちゃいけない存在なんだ!」
匂い玉の煙に映るのは、白い壁と近代的な医療機器。まさしく病室の光景だった。現世での萌香は、いまだ目覚めずにいたのだ。
「いやよ! わたし、この村から離れたくない!」
突然の別れは受け容れがたい。けれど萌香は悟っていた。ここは自分が留まってよい場所ではないことを。だからヨミヅレ様は自分を連れ去りに来たのだと。
「もしもきみが家族の元へ帰りたいと心から願えば、帰れるはずなんだ!」
「でもっ!」
「血の繋がった家族が、きみの帰りを待っていないはずはない。喧嘩なんて、甘えられる関係の裏返しみたいなものなんだから!」
たしかに七悟の言う通り、萌香は家族に甘えていただけなのだ。けれど、もしも帰れるのなら――優しさに甘えるだけじゃなくて、ちゃんと優しい自分にならなくちゃいけない。
「決断するなら、今しかないんだ!」
「グゲエェェェ! 喰ワセロォォォ!」
ヨミヅレ様は大口を開け、萌香に食いつこうと襲いかかる。
――助けて、お母さんっ!
萌香は腕を伸ばし、煙に映る母の手を握りしめた。その瞬間、目の前がぱあっと明るく輝いた。
振り返ると、村のみんながいっせいに萌香を見つめていた。あのヨミヅレ様も、萌香が消えてゆくのを、身じろぎひとつせず見つめていた。
ただ、寂しそうな瞳をして。
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