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「……萌香ちゃん、消えちゃったね」
佐枝子が七悟にぽつりとこぼす。
「うん。でもこれでよかったんだよ」
七悟は口元を引き結んだまま、萌香を吸い込んだ光が消えるのを見届けた。ヨミヅレ様の姿はなくなっていた。かわりに現れた銀次が七悟の裾を引く。
「はい、これ返すよ」
銀次は将棋の駒をひとつ、七悟に差し出した。「銀将」ではなく、「銀次」と黒い墨で書かれている。
七悟はそれを受け取り裏返す。そこには朱色で「黄泉連」と書かれていた。
「おつかれさま。ヨミヅレ様に成りきるの、大変だったろうね」
「まったく七悟さんったら、驚かすにもほどがあるよ」
銀次は両手を頭の後ろで組んで背を向けた。悲しげな表情を見られたくないからだ。
「だって萌香は村に馴染みすぎた。これくらいしないと決心がつかなそうだったから」
村人全員で企てた現世返しは万事うまくいった。けれど嬉しそうな顔をしている者はひとりもいなかった。
むめは不器用に指を動かしながら四段梯子を作り、空に向けて高く掲げる。「うまくできたよ」とつぶやくと、指の力が抜けてあやとりが滑り落ちた。
「ふぇ、ふぇ、ふぇえええええん! もう、おわかれしたくないよぉぉぉ!」
つられて銀次も声を殺して泣き出した。佐枝子はそんなふたりを優しく抱きしめて、まるで母親のように優しげな声で諭す。
「これでいいのよ。だって萌香ちゃんが幸せになれる場所は、この世界ではないのだから――」
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