0人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
第一章 天佑
「やーだー!! いや゛ー!!」
喉を潰した叫び声が辺りに大きく響いていた。
「おい、黙らせろ。人目につくだろ」
「殴ってもいいか」
「駄目に決まってんだろ。余計な傷はつけるな」
「ちっ、わかったよ」
泣き叫んで連れて行かれる手を拒む子どもの口を、男は無骨なひらで塞ごうとした。
が――
「いって! てめえ、このやろう!!」
おもいっきり噛まれた。
確認すれば、目に見える歯形がくっきりと残っている。
それだけ子どもは必死なのだが、睨みつけてくる生意気な眼光に男は、かあっと血が上った。
「くそガキが。調子に乗りやがって」
相方の制止も構わず、男は遠慮なく手を振り上げた。
その時だった。
「あなた達、何をしているの」
幼い疑問が投げかけられた。
男達はぎょっとした。
この宮で自由な物言いを許されている女児は限られている。
予想した通り、声の先には、複雑で華やかな刺繍を施した単に、光沢を帯びた空色の裳をなびかせている公主がいた。
男達は慌てて膝をつき、頭を下げる。
連れ回されていた子どもだけが、ぽかんと突っ立っていた。
「まあ、ぐしゃぐしゃ。それに、よれよれだわ。あなた達、こんな子どもを宮中に入れるだなんて、どういうつもり」
頭上からあなた達と呼ばれた軍人は慌てて非礼を詫び、子どもを隠すよう後ろに引っ張った。
ぼんやりしていた子どもは、無理に振られて尻もちをついた。
「人手不足にしても、こんな足腰じゃあ、軍人には向いていないんじゃないの?」
「いえ、公主様。これは軍人ではなく、太監にさせるために連れてきたのでご心配なく。
「太監? こんなに小さいのに?」
頭が大きくて肉付きの薄い体は、六つになった公主よりも年下に見える。
「誰が推挙したの?」
「それは……」
幼い公主の思わぬ追及に、大きな体の軍人二人は冷や汗をかいていた。
彼らを動かしているのは密命であり、誰も使っていない宮を通って秘密裏に主人と通じている医師に引き渡すだけの簡単な仕事のはずだった。
なのに、まさか、公主と遭遇するとは、ついていないにも程がある。
幸いなのは、公主が女官も護衛もつけずに一人きりで、まだほんの子どもだという点だ。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。我々は、すぐに失礼いたします」
最低限の礼は取りながらも、軍人は互いに目配せをして、さっさと立ち去ろうとしていた。
しかし、公主は軍人など目にしていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!