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「ねえ、ぐしゃぐしゃの。あなた、お名前は?」
軍人達が厄介なことになりそうだと顔をしかめる傍らで、子どもは怯えるように縮こまっている。
「もしかして、言葉がわからないの? それとも、喋れないのかしら。だったら、太監なんて無理ね」
好奇心で近づいてくる公主に、子どもは何も言うものかと口をひしゃげて変な顔をした。
睨みつける長いまつげが、時々揺らめき、涙の名残が艶を帯びている。
「あら、賢いじゃない。このまま喋らないでいれば、側仕えとしても使えないって言われるものね。でも、お馬鹿だわ」
子どもは考えていた作戦を見抜かれて警戒の色を強くするが、公主は気にした様子もなく笑った。
「だって、私が出てくる前、思いっきり嫌だって叫んでいたじゃない」
まぬけな迂闊を指摘され、ちっとも気づいていなかった子どもは愕然と公主を見上げるばかりだった。
「あら。でも、そうなると、この二人は嫌がる子どもを無理やり連れてきたってことになるわよね」
ぎくりと大の男は体を揺らした。
「やっぱり、誰が推挙したのか知りたいわ」
「いえ、それは、あなた様が知る必要のないことかと」
「いいえ。私、このぐしゃぐしゃが気に入ったの。引き取るわ」
名案とばかりに手を叩いて声を弾ませる公主に男達は狼狽した。
「これは出自の怪しい、碌な者ではありませんので……」
「まあ、大変。お前達は、そんなのを宮殿に入れようとしていたの?」
たった六つの幼女に、男達は弁舌と権威で対抗する手段が見つからなかった。
「けれど、何より大切なのは、この子の気持ちよ。どお? お前が私の犬になるというのなら、この男達から引き離してあげるわ」
さっきから、わけのわからない方向に転がる話を聞いていた子どもは、呆然とした顔で地べたにお座りしたまま勝気な女の子を見上げていた。
「嫌なら、無理にとは言わないわ。でも、私の犬になるからには、私に絶対服従するのよ。どうする?」
そう聞かれても、子どもはどちらも嫌に決まっていた。
だけど、どちらがマシかということも、考える間もなく決まっていた。
「わん」
子どもが返事代わりに吠えると、公主はにこりと笑った。
「よく出来ました。あとは、私が引き取るわ。お前達は下がっていいわよ」
公主は返事を待つことなく、小汚い子どもの手を引いて自分の宮へ戻っていった。
呆然と見送るしかない男達は、この後、主にどんな報告をすれば信じてもらえるのだろうと冷や汗をかくばかりだった。
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