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* * *
「うん。あなたなら、ここから外に出られるわね」
人の気配がない城壁の前に立って、コウシュと呼ばれていた女の子が振り返った。
手を引かれるだけだった男児は、何を言われたのかわからずにいた。
「耳は聞こえている? まさか、頭をぶたれていたとかじゃないわよね。どこか痛かったり、気持ち悪かったりしていない?」
真っ白な手が自分に伸びてきて、男児はびくりと身を引いた。
「いやね。私はぶたないわよ。それより、気分はどお? 帰る元気はある?」
「……帰る」
「そうよ。どんな事情があったのかは知らないけど、おうちに帰りたいでしょう」
おうち、という温かな響きを聞き留めて、男児は表情をなくした。
「そうだった。お母さんを埋めてあげないと」
俯いた幼い見た目に似合わぬ暗い呟きに、少女は目を見開いた。
「あの男達が殺したの?!」
「違うと思う。お母さんは病気だったから。でも、お葬式をする前に、あいつらに連れ出された」
「お父さんは?」
「知らない。見たことない」
「じゃあ、もしかして、帰るところがないの?」
「家はある。でも……」
待っている者は誰もいないと、口にしたくない答えが男児の胸に堪えた。
大好きなお母さんのために白い衣もお供え物も用意してあげられなかった。
ただただ悲しくて、淋しくて、不安で堪らない。
「困ったわね。これじゃあ、ここから逃がしても安心できないじゃない」
「僕、あんたの犬になるんじゃないの?」
「馬鹿ね、お前は。人間が簡単に犬になるなんて言うものじゃないのよ」
これでも色んな覚悟をして返事をしたつもりの男児は、変な顔をして女児を見返した。
けれど、女児は女児で自分の考えに浸っていたので気づかなかった。
ついでに、自分を探しにやって来た従者の存在にも気づいていなかった。
「お嬢。そこは、もう、お尻がつかえて通れなくなったんじゃなかったでしたっけ」
突然、声をかけられたちびっ子達は目をまん丸にして飛び上がったが、声をかけた従者も小さな頭が一つ多いことに驚いていた。そして、すかさず公主を背後に回して引き離した。
「茗峻、心配ないわ。私が拾ったの」
「拾ったって……宮中で、どうやって拾えたんですか」
「だって、仕方なかったのよ。軍人の格好をした男達が、嫌がるこの子を連れていたんだもの」
「ってことは、また、人のいない宮を散歩してましたね」
「もう! 今は、そこは大事じゃないの」
「はいはい。それで、そこの坊やは、どこから湧いて出て来たんだ」
「知らないけど、太監にするために連れてきたって言ってたわ」
「太監? こいつを?」
従者は男児をまじまじと見下ろしていた。
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