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* * *
「ほら、あの白いの。赤と黄色の模様が綺麗でしょ。あれが、私のお気に入りなの。この中じゃ、一番美人なんだもの」
目通りが叶うまで暇だった公主は欄干の上から池を指差し、男児に向かって機嫌よく鯉を紹介していた。
「他にも花が綺麗なお庭や、牛や馬がいるところ、燕が巣を作る場所もあるのよ。今度、私が案内してあげる」
「……君は、王様の子どもなの?」
「公主様。もしくは、姫様と呼びなさい」
つき添っている茗峻の訂正に、男児の知りたかった答えは出ていた。
「姫様は……」
子どもは素直に訂正したものの、続ける言葉に困った。
ここが王宮だということさえ、今の今まで知らなかったのだ。
ついでに、相手が何でも持っているお姫様だとわかれば、自分がしていた大きな勘違いまで自覚して、急に引け目を感じてしまった。
けれど、ここを追い出されては、一人ぼっちの小さな手で縋れるものがないのも事実で……。
どうしていいのかわからない子どもは、姫様が急に顔を上げたので考えるのを止めた。
「お父様」
たたたっと、軽い足取りで紅色の欄干を走りぬけた姫様は、飛びつくかに思えた勢いを直前で殺して膝をつき、丁寧に臣下としての礼を見せた。
「立ちなさい。願いごとをしたいと聞いたが、相違ないか」
「はい、王様。王様が、ひとつだけ、どんな願いでも叶えてくださるとおっしゃった約束を行使させていただきたく存じます」
小汚い子どもは金糸銀糸の刺繍が施された黄金色の衣を纏う立派な大人の登場に緊張したが、何より、同じ年頃の女の子が大人な言葉遣いをしたことに気後れを感じてしまった。
「いいだろう。言ってみなさい」
「わたくしに、犬を飼う許可をくださいませ」
「犬?」
「はい。わたくしの宮で一緒に散歩をしたり、話し相手になってもらうのです」
「当てはあるのか」
「ええ、王様。茗峻」
呼ばれた茗峻は子どもの背中を押して進むので、必然とみすぼらしい格好が王様の面前に出されることとなる。
「犬とは……」
王は人間にしか見えない子どもに目を向け、それから茗峻に問いただす視線を送る。
しかし、彫像のように返されるものがなかったので、再び娘へと戻った。
「この子のことです。いいですわよね」
明るく笑って見せる瞳の奥は、幼いながらも強かさが宿っており、そこに怒りと哀しみを見出してしまうのは、王として、父親としての勘ぐりすぎだろうか。
後宮に后の親族や親衛隊以外の男を入れるのは、茗峻のような例外を除くとありえない話だった。
しかし、王は認めざるを得なかった。
それほど、今回の、たった一度の願いは確約されたものだったから。
「いいだろう。蓮華、お前が飼い主でいる限り、この子が宮で過ごすことを許そう。躾は茗峻に頼みなさい」
「ありがとうございます、王様。茗峻、よろしくね」
「畏まりました」
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