第一章 天佑

6/26
前へ
/27ページ
次へ
息を呑んで王様と茗峻を交互に見ていた子どもは、姫様の笑顔に安心した。 その途端、膝がかくんと下り曲がり、頭が重くなって視界が暗くなった。 遠ざかる足音や、おでこすれすれに位置する砂利の地面に気がついて、やっと自分は頭を下げさせられているのだと理解すると、パシッと頭上から音が聞こえて軽くなった。 「そういう躾は許さないから」 どうやら、姫様が乱暴に頭を押さえていた茗峻の腕を払いのけてくれたらしい。 「今だけです」 男児がのろりと体を起こせば、大きな目が覗き込んで心配してくれていた。 「ねえ、大丈夫? 痛いところはない?」 「ちょっと痛いけど、平気」 「そう。なら、よかったわ。私が知らないところで酷いことされたら、すぐに言うのよ。ええっと……あら。そういえば、名前も聞いていなかったわね」 名前を聞くよりも、関係性が決まってしまっていたなんて呆れてしまう所業だ。 「さすがは、お嬢。次からは名前も知らないものは拾ってこないでくださいね」 「もうっ、茗峻は黙ってて。私は蓮華(レンファ)よ。あなたの名前は?」 「天佑(テンユウ)、です」 「てんゆう……天佑ね。これからよろしく、天佑」 歓迎してくれた蓮華の笑顔に見とれた天佑は、恥ずかしくなって俯いてしまった。 そんな天佑を構わない蓮華は、汚れている手を気にせず取って案内してくれようとして、けれど、今度は茗峻によって天佑の手が払いのけられた。 「ちょっと、茗峻」 「こんな小汚い格好で宮を連れ歩けるわけないでしょう。私が綺麗にしてから連れて行きますから、お嬢は先に戻っていてください」 「そんなの、私の宮でしたらいいじゃない」 「駄目です」 「何よ。王様にだって、その格好で会わせたくせに」 「陛下の許可もない内に王宮の施設を使わせたら、それこそ、何様だって話になりますからね」 「うー」 「大人しく待っていてください。私が責任を持って、お嬢の犬に相応しく、ピカピカに磨いてみせますから」 「わかったわ。でも、さっきみたいのは絶対になしよ」 「承知しております」 蓮華は背の高い茗峻から、自分よりも弱々しい天佑に目を向けた。 どうしていいのかわからないらしく、視線を蓮華と茗峻の間で行ったり来たりさせている。 「待っているから、大人しく茗峻の言うことを聞いてね。悪い人じゃないけど、ちょっぴり意地悪なところがあるから」 天佑は不安になって、大きい大人をちらりと見上げると、何を企んでいるのかわからない顔でにんまり笑いかけられた。 思わず肩をすくめて蓮華に助けを求めるけど、こちらも笑っていたので「わん」と鳴いて返事にした。 「じゃあ、後でね」 蓮華は明るい顔で天佑に手を振ってくれていた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加