第一章 天佑

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 * * * 「そら、目をつぶれー」 雑に指示され、天佑は慌てて、ぎゅうっと強く瞼を閉じれば、ざぱっと勢いよく桶のお湯をぶっかけられた。 流れがなくなると、ぷるぷると頭を振って、しぱしぱしながら目を開く。 それを何度か繰り返しているうちに体が温まってきた。 「うーん。このくらいなら、見られるだろう」 絶対の味方とは言い切れない茗峻に全身を丹念に洗われた天佑は、なんとも言い難い気分になっていた。 「服は、とりあえず、これを着ておけ」 茗峻が言うには雑用係の小僧用のもので、天佑が着てみると手足が余って転びそうだった。 「転んで、ぶつけて、物を壊したりすれば、簡単に追い出されるぞ」 脅され、びっくっと体を縮こませる天佑に近寄る茗峻は、しゃがみ込んで手足の余りを折って調整してくれる。 だったら、さっきのは冗談なのかと思いたかったけれど、両足の裾丈が丁度よくなって見上げてきた茗峻の顔は恐ろしく冷淡で、決して気を許してはいけない存在に感じられた。 「天佑、お前は稀に見る幸運に恵まれた。親を亡くし、誰ともわからない男達に攫われ、太監として一生を過ごすところを拾われた。これから、ここにいる限り食べ物にも寝床にも困ることなく豊かに暮らしていける」 安堵させる発言内容に反して、両腕を掴んで離さない茗峻の眼差しは冷たかった。 「けれど、天佑。この先お前は、ここにいる限り幾度となく、今日、この日、この時の自分を恨み、悔やみ、呪いたくなる機会が訪れる。なぜ、姫様の気まぐれに同意してしまったのかと」 真っ直ぐに自分をみつめ、後悔するほどの目に必ず遭うのだと言い切る男に、そんなことはないと反発したい気持ちと、もうすでに後悔したくなるような弱気と、本当には何を言われているのかわからない幼さが天佑の身の内を駆け巡り、深く考えられなくなってきた。 「それでも、天佑、お前は覚えておかなくてはならない。蓮華様が何と引き換えにお前を欲しがったのかを」 とにかく、大切な話をされるのだろうなということは天佑でもわかった。 それは、言葉よりも強い茗峻の眼差しで訴えられていたから。 茗峻は壁際の椅子に自分を座らせ、飲み物を持ってきてくれると、今度は向かい合わせでなく隣に座った。 それで、なんとなく、話しづらいことなのかなと甘くて美味しい飲み物を飲みながら天佑は大人しく待ってみた。
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