北極人魚と悪魔のおにぎり【短編読み切り】

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「山中!」  飯村は荷台からライフジャケットと浮き輪を急いで取り出した。  パニックになりつつも飯村は仲間を助けるために無意識に動き続けていた。心臓マッサージや仲間への連絡、どれを優先にすべきかを迷いつつも、まず海に落ちた山中を救い出して、状況に合った対応をすぐに判断しなければならない。  しかし、飯村の足元、正確には分厚い氷の下で何かの影がすーっと動いた。  まるで大きな魚とか、大蛇のように滑らかな動きのようなものが、分厚くて半透明な氷の下を、すーっと泳いでいた。  人間のように見えた。  熱帯魚が長い尾びれを優雅に揺らして泳ぐように、それは黒い髪を揺らしていた。そしてあぶくも残さず、音も立てずに一度沈んだ。 「山中か⁉」  飯村は肺が破裂しそうな程たっぷりと息を吸い込んだ。そして、氷の淵を両手でがっつりつかむと海に顔をつけた。全身鳥肌が立つほど冷たい水だったけれど、必死で目を開いた。 「『あ」』  そして目が合う。  沈んだはずのスノーモービルと気絶した山中を引っ張りながら、仄暗い海底から地上へと上昇しようとしていたモノと、泡と氷の粒の渦の中で飯村は目があった。  海の下から海面まで一気に上昇するところだった。そして数秒もたたぬうちにザバッと水しぶきを上げながら氷岸へと這いあがる。そのままぬいぐるみのように、重いはずのスノーモービルを飯村の足元にどすんと投げた。 『返した』  それが使う言語は人間のものではなかったが、飯村にはなぜか理解ができた。  姿は人間によく似ていた。手足があり、艶やかで長い黒髪を持つそれは細身の人間の女に似ていた。  しかし、それの皮膚は緑色だった。全身が薄い苔のような色をしていて、手足には鱗が隙間無く生え揃っている。瞼がないのか、あっても瞬きをする必要がほとんどないからなのか、魚のように丸くて黄金色の目玉がぎょろりとこちらを向いている。  恐怖で動けない飯村をよそにその異常な生き物は、水かきのついた鋭い爪先をスノーモービルの方へ向けると、海底まで響くような声で話し始めた。 『そのうるさい乗り物、引っ張ってきて、返してやった。だから、その代わりに、この人間ちょうだい』  たどたどしく話す。カタコトで話す外国人や、幼い子供のような話し方なのに、身毛がよだつ内容に背筋が凍る。 『プカクのご飯にする』  その何かは気絶している山中をつかみ上げた
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