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しかし化物の雰囲気に飯村は違和感を覚える。なんとなく、声に力が入っていないと感じたのだ。
それと、腹が減っている時の息子の顔とそっくりだと思った。
「ま、ままま、待ってくれ……」
腰が引けてまともに呂律が回らなかったが、彼にはこれが山中の言っていた「クァルパリク」だと直感的に分かった。
飯村は普段、幽霊や伝説の生き物なんて信じない。けれども数百キロあるスノーモービルをぬいぐるみのように投げたり、異質な肌の色と目は、人非ざるモノであることは間違いがない。
「そ、そいつは、奥さんと子供がおるんです、連れて帰らんでやってくれ……」
『うるさい』
思わず日本語で懇願してしまったけれど、クァルパリクも飯村の言葉が理解できるらしく反論した。
自身を「プカク」と呼んだクァルパリクは飯村の必死の懇願に冷淡だ。プカクは山中を持ち直すと、足をつかんで干物のように逆さにした。彼の伸びっぱなしの髪の毛が真下に垂れて揺れている。
プカクは山中を氷に叩きつける気なのだと飯村にはすぐ分かった。
この化け物は頭を氷に打ち付けて山中を殺す気なのだ。さっきまで鼻歌を歌ってご機嫌だったこの男を、食料にする気なのだ。
「食いもんならやる!」
飯村が悲鳴にも似た声をあげる。すると、プカクの手の動きが止まった。
『食いもん?』
小さな子供のように首を傾げる。
「お腹すいとるんやろ!?やる!お、俺らの食いもんでいいなら全部やる!」
『……見せて』
飯村はプカクの言葉に従い、急いでスノーモービルの荷台から弁当を取り出した。
「お、おにぎりや……」
飯村は震えながらプカクへ近付いた。プカクは品定めをするようにぎろりと黄金の目で今朝握ったばかりのおにぎりを見た。しかし見慣れていないからか疑うような視線であった。
『この辺の人間、そんな物食ってない。みんな、アザラシの肉とか、魚、食ってる』
「お、俺たちは、もっと東の海から来た人間です。これは、おにぎりという食いもんです!」
『……白い。三角。これ氷?』
「違う。これはお米。こん中に、ツナマヨとタクアンが入っとるんです」
『ツナマヨ?何?うまい?』
興味を持ったのか、プカクの言葉尻が少し跳ねた。
「う、うまい!めっちゃうまい」
『これ全部、ツナマヨ?』
「こっちには、たらこ、タラの卵が入ってる!これもめっちゃうまい!」
『タラ?これは?』
「これには焼いた鮭が入ってます」
『……鮭?』
プカクがオウム返しした瞬間、おにぎりの具が全部海鮮だったことに気付いた。
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