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初めは光一さんが言っていたハウスクリーニングの人かと思った。
部屋に入ってきた中年の女はどこにでもいそうなぐらい地味な感じだったからだ。
けれど光一さん心底嫌そうな様子から、この女性が義理の母であることはすぐにわかった。
想像では、大企業の社長と子連れ婚するぐらいだから、もっと派手な男受けする色気のある女性だったのだけれど。
現実は外見はこういうどこにでも居そうなタイプの女が、心理を巧みに操り、男を手玉にとって転がしているのだ。
光一さんは哀しそうだった。いつも馬鹿みたいに明るいのに、憎んでるわけでもなく、全てを受け入れてるわけでもない、切ない表情だった。
「何しにきたの?」
女性は優しく微笑んだ。
「光一くんにねちょっと書類を書いて欲しいのよ」
女性はカバンからクリアファイルに入った紙を数枚取り出した。
赤の他人の私が見てはいけない、そうわかってはいたけれど、思わず書類を盗み見てしまう。
「養子縁組離縁届」「遺産相続放棄誓約書」
「岩田陽一に対する接近禁止誓約書」
これ、絶対サインしたらダメなやつ。
光一さんは無言で机にあったボールペンを握る。
だから、慌てて止めた。
「ダメだって、これ本当にダメな書類。何の書類がわかってないでしょ?」
光一さんは寂しく笑った。
「俺、馬鹿だけど流石にどんな書類かわかるよ。父ちゃんと今後一切縁切れってやつだろ?いいよ、書いてやるよ」
「ダメだって、絶対ダメ!」
親子の縁は他人に言われるがまや簡単に切っていいわけではない。
女性は優雅に微笑んだ。
「陽一さんたってのお願いだから、もうこんな出来の悪い息子必要ないんだそうよ」
光一さんの肩がまた小くなる。
光一さんは確かに出来が悪いかもしれないけれど、素直だし、明るいし、そこまで嫌われていい人ではない。
ボールペンを握ろうとした光一さんを必死に止めた。
「だからダメだって」
もうどうにもこうにも拉致があかない。
「これを書くときは光一さんとお父さんが二人で話し合うときです!今ここにお父さん連れてきて下さい!」
その女性はまたにこやかに笑った。
「また来るわね」
そしてスタスタと部屋を出て行く。
玄関から戸が閉まる音が聞こえた。
光一さんは初日に取った翡翠を手に取ると、「俺ってバカだから仕方ねぇよな」と哀しそうに笑った。
だから私は机の上の紙を破いた。ビリビリにしてやった。
あっけに取られている光一さんに「このタッパまた返してね」と言い残し帰宅した。
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