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1.翡翠との出会い
今日は21時をすぎても蒸し暑い。汗で洋服が背中にベッタリとくっつく。
気温が25度を下回らない熱帯夜になるそうだ。
夜風を感じたかったのだが、残念だ。
窓を閉めてエアコンの電源をつけた。そして再び部屋の中央に座ると、妹の真珠(しんじゅ)は汗で金色の前髪を張り付かせながら、抗議をする。
「岩盤浴みたいで良かったのに」
「駅前のスパ行ってこい」
真珠は23歳でオシャレ美容命のギャルだ。美容のためと聞けば、クモでも食べそうな女である。
そして私は、飾り棚を見た。ここには、赤、黄色、白、透明、青、紫と様々な美しい色の鉱石が並んでいる、
飾り棚から「H30.2・岐阜」とシールがついている透き通った緑の蛍石を手にとる。
この蛍石を眺めると、あの時のことを思い出す。
だから、蛍石を段ボールの奥底にしまい、今度は「R1・12・滋賀」とシールがついた水色のサファイアの原石を手に持つ。
真珠はその美しさにため息を漏らした。
「オアフのビーチみたいなサファイア」
私は別な意味でため息を漏らした。
「完全にアウト」
このサファイヤの原石も段ボールの奥底にしまう。
「綺麗だから飾っとけばいいのに」
真珠の無神経な一言に苛つきながらも首を振った。
「綺麗だからしまう」
「何その辛いアイスみたいな言い方」
真珠はガハハと大きな口を開けて笑った。
今度は「R1・7・秋田」とシールがついた透明な水晶の原石を手に取った。この水晶にはこの中でも最上級の思い出がくっついている。
「ハバネロ入りの激辛アイス」
そう呟くと水晶を段ボールにしまった。真珠は何とも言えない表情で私を見守っていた。なんだかんだ言っても私に気を遣ってくれている、できた妹だ。
だから、場を明るくしようと「H24・1・翡翠海岸」とシールがついたヒスイを棚から手に取った。
真っ白な深い白で、蛍光灯に照らされてキラキラと輝いている。
「バニラの香り漂う甘いアイス」
飾り棚の一番上の目立つ所にヒスイを置いた。
私の住んでいる新潟県糸魚川市ではヒスイが海岸で拾える。
そして、その影響か、この地域では何でもかんでも翡翠と名前がついている。
例にも漏れずに私の名前も翡翠だ。
このヒスイは私が中学生の頃に、部活帰りに近所の翡翠海岸で手に入れた大事なヒスイだった。
鉱物をトレジャーハンティングし始めるきっかけとなった美しい石。
これ以来、休みのたびに全国各地の山に登っては鉱石をゲットする生活を送るようになる。
そしてあの人とも出会う。
その人は、最低最悪な形で私の元から居なくなってしまった。
けれど、27歳の私は様々な経験を経て知っている。どんなに辛いことも、いつか全てが思い出になることを。
その時に、この石たちを再び飾ろう。
でも、私がその時まで「生きられてれば」の話だけれども。
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