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幼い頃の俺は、公園で見つけた綺麗な石を土の上に並べていた。
母ちゃんが優しい眼差し俺を見つめている。
「母ちゃん、これみて」
「わぁ、すごいね。綺麗だね」
幼い頃の俺は胸を張る。
「母ちゃんのために宝石集めたよ」
「ありがとう、光一」
母ちゃんは俺を眺め、微笑んだ。
ふと気がつくと、あの頃の自分と比べて随分と背が伸びた男がダブルベッドの上に寝ている。
今日は久しぶりに、いい夢が見られた。
高層階の窓から眺める下界では、蟻のような小さな人間たちがせわしなく働き回っていた。
そしめ、今日は自分も働き蟻にならなければいけない日だ。
隣を見ると朱里がいない。早くから朝食の用意をしてくれているのだろう。
スーツに着替え、ネクタイを結びながらリビングに入ると、ネギを切っている朱里に近づく。
「久しぶりに母ちゃんの夢見た」
「先週も見たって言ってたでしょ?」
朱里は嫌そうな表情になったが、すぐに微笑んだ。この優しい微笑みが、母ちゃんと似ていてたまらなく愛しい。
「ところで今日は光一の仕事の日だっけ?」
朱里は容赦なく俺に現実をつきつけてくる。
「今日、出社日だった。行きたくないな」
「行かないと、またお父さんに『カード止めるぞ』って怒られるよ」
今日1日を想像すると、深くため息が出る。
「俺の心を摺り下ろすと、それが金になる」
朱里は微笑んだ。
「それが働くということなんですよ」
二人で目を合わせ微笑み合うが、時間が容赦なく迫ってくる。重い足をひきずりながら玄関を出た。
地上35階を降りて地上に辿り着くと、サラリーマンの群れが駅へ歩いている。
大通りを通りかかったタクシーに乗り込む俺を、彼らは羨望の眼差しで見ていた。
タクシーが自社ビル前に着くと一万円を渡す。
そして「釣りはいらない」とお決まりのセリフを告げると「ありがとうございます」運転手は何度もペコペコと頭を下げた。
タクシーを降り立つと、ヒマラヤ山脈のように悠然と聳え立つ、サイダー本社ビルを見上げた。
胃がキリキリと痛い。
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