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レジ仕舞いをし終わり、お土産館から食堂を眺めると真っ暗で誰もいない。
光一さんが魂が抜けたように店前のベンチに座り、街灯に照らされていた。
「人生で初めてまともに働いて、疲れたんだろうね。よく頑張ったよ」
大先輩方がしみじみと話している。
「翡翠ちゃん、ちょっと光一くんにこれ渡してきて」
雅子さんや涼子さんから手渡され、あんまり気は進まないが、今後とも良好な関係を維持していくために、お使いを引き受けることにした。
ベンチに座っている光一さんに近づく。
「大丈夫だった?」
光一さんは夜空を見上げる。
「店長から一週間で仕事覚えないと首だって言われた」
「仕方ないよね」
「働きたくないよ。東京に戻りたい」
街灯に照らされた光一さんの顔を眺めた。
「他に行くとこないんでしょ」
「ない、でも俺には無理だ、帰りたい」
泣き言を言っている光一さんが就職一年目の自分と重なった。
「だったら働くしかないでしょ?私も就職して最初の一年は東京タワーが憎かった」
あの東京の濁った空気が懐かしくなり、夜空を眺める。
もう私はあの空気を吸うことができないのだろう。
「前、東京で」
光一さんが、私の過去を聞いてこようとしたから強引に紙袋を渡す。
「これ、夕飯に食べて」
光一さんはナルシストっぽく自分の髪の毛を触る。
「俺に惚れたんだろ?」
だから、鼻で笑う。それだけはない。
「私は知的で大人の男性が好きなの。これは先輩方から」
お土産物屋を指さすと、雅子さん、武子さん、涼子さんが手を振る。
「光一くーん、頑張って」
「俺、年上からモテるんだよ。可愛いって。ホストに転職しようかな」
「まぁ、がんばって」
光一さんが袋を開けるとおにぎりと唐揚げが入っていて彼の目が輝いた。
土産物屋に向かって無邪気に手をふりだした。
「ありがとう。沢山食べるね」
雅子さん達はその言葉にまた、喜んでいた。
確かに素直だし、ポンコツだし、年上というか、お母さん世代の受けはよさそうだ。
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