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いつもの通り、エレベーターに乗り役員室前まで歩く。すれ違う社員は皆、立ち止まり俺に頭を下げる。だから、俺も会釈を返す。
三十回ほど会釈をして首の右筋が痛くなった頃、ようやく役員室のあるフロアに辿り着いた。
そこにはいつものように裕樹が待ってくれている。こいつは俺の弟で、心から信頼できるとてもいい奴だ。
けれど、正確には血の繋がりがない義理の兄弟であるが、血の繋がりなんてどうだっていい。
親父が再婚して、裕樹を見た瞬間から弟だと思っている。
「兄さん、今月もちゃんと来たじゃん」
「電話してくれて、助かったよ」
役員室のドアに手をかけた時だ、部屋の中から、誰かの声が聞こえた。
「いいよな、社長の息子ってだけで、月一回出社して、スマホ触ってるだけだぞ」
「あいつほど、バカ息子って言葉の似合うやついねぇよな」
「それに比べて祐樹君はいいよな、真面目で仕事もできて。祐樹君が社長の実子だったら良かったのにな」
普段あまり怒らない俺だが、流石に頭にきた。あいつら、父ちゃんにいいつけて左遷してやる。
部屋に入って、あいつらの青ざめる顔が見たい。ドアノブを握るが、やっぱりやめる。
「兄さん、いいの?」
「仕方ねえよな、本当のことだし」
そう、俺が無能でバカ息子なことも、裕樹の方が頭が良くて仕事ができることも、裕樹が後継息子だったら、どれだけ会社がありがたいかも、全てが本当のことだ。
だから、振り上げた拳の居場所がわからず、ストレッチをして誤魔化し、部屋に入る。
ついさっきまで俺をバカ息子だってこきおろしていた奴らが深々と頭を下げた。
「専務、ご出勤ありがとうございます」
だから、俺も何も聞いていなかったふりをした
「ご苦労!」
全てはバカで無能な自分が悪い。
席に座ると、案の定仕事がなかったので、スマホを取り出しゲームを始める。
裕樹が再び顔を出した。
「兄さん、そういえば、父さんが呼んでたよ」
「えっ、何だよ」
面倒だなと思いながらも、スマホを鞄にしまった。
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