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「分かった一回くらいなら」
「ふふふ。後悔しますよ、まぁ、部長は初心者だからちょっと手を抜いてあげてもいいですけどね。瑠美ちゃんゲーム貸して」
部長は唇の片端をあげ「お手柔らかに」とゲーム機を受け取る。
会社の人たちは、「千田さんが、部長に絡んでるぞ」とみんなこっちに集まり始めた。
そして、ゲームの、レース開始合図の信号機が青に変わり、私と部長を含め、数台のカートが一斉にスタートする。
私はスタートダッシュを決め、部長と差をつける。
「あ、ずるいぞ、そんな事できるなんて聞いてない」
「聞かれてませんでしたから」
ゲームは同じコースを3周周ってゴール。
そして、私の圧勝。
「おっしゃあっ!」
私はガッツポーズを作る。
「仕事で勝てなくても、このゲームは負けませんよ」
「今ので大体操作は理解した。もう一回勝負だ」
そんな事を言う部長に、私はニンマリと笑った。
「結果は同じですよ」
「いっちゃあん…酔いすぎだよぉ」
瑠美ちゃんの声も聞こえない。
会社の人達はというと、私と部長の様子を見に来ている人達もいるし、遠巻きに笑って飲んでいる人達もいる。
私はともかく、ゲームに夢中になる部長を新鮮に見ているように感じた。
女子たちは「部長、かわいー」ともヒソヒソと話しているのも聞こえる。
2回目の勝負も私の圧勝。
私は再びガッツポーズを作る。
「くそっ…」
普段無表情な部長が心底悔しそうに、ゲーム機を下に置いた。
「部長は、ゲームの中では私には勝てませんよ」
と、私は部長をドヤ顔で見つめる。
「まぁまぁ、部長。次、こっちでも飲みましょうよう」
部長は他の女子社員に連れて行かれて、私の横から離れ、他の場所でお酒を飲み直していた。
「もうっ!いっちゃんたら!」
「ふふふん、初めて部長の悔しそうな顔見たわ」
桜の花びらが散る中、いい思いが出来たと私は満足したけれど、お花見が終わり、家に帰って酔いが覚めて来たら、自分言動に後悔が湧いて来た。
「……やっちゃった……会社行ったら部長に謝んないと…」
お花見の席とは言え、部長に色々言っちゃったなぁ。
やっぱお酒飲むんじゃなかった。
私は1人枕に突っ伏して、「ううぅ…」としばらく呻いていた。
次の日。
私が会社に行くと、部長はもう自分の席についていて、仕事を始めようとしていた。今日、私も家を早く出たハズなのに更に来るの早い。
「ぶ、部長……おはようございます」
私はモゾモゾと部長の近くに寄る。
部長は私を少し見たが、すぐに書類に目を落とす。
「おはよう。何だ?」
「いや、あの、昨日は失礼な事いっぱい言っちゃって、すみませんでした」
「気にしてない。昨日は楽しかった」
それを聞いて少しホッとする。
「で、では、それだけですので。失礼します」
「でも…」
部長が私を止めた。
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