負けず嫌い

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「な、何ですか?」 「ゲームに負けたのは正直悔しい。実は花見の帰りに俺もゲームを買ってみた。また対戦しよう」 私は驚きで目を見開いた。 まさか、そこまで、負けず嫌いだとは。 「勿論、良いですけど……」 それからだった。 たまに飲みに誘われて、個室の居酒屋に行ったと思ったらゲーム。 昼休み、ちょっと時間が空いた時にゲーム。 休みの日、タイミングが合えば、お互いのマンションの部屋でゲーム。 部長はどんどんカートの運転が上手くなってる。 でも、いつも勝つのは私。 眉間に皺を寄せて負けを静かに悔しがる部長を、可愛らしいなと思う様になったのはいつからだろう。 お花見の時は、無表情をひっぺがしてやった!と気持ちよく笑っていたのに。 そして、ある日。 とうとう部長の部屋で、私はゲームに負けた。 ちょっとしたミスだった。ガックリと肩を落とす私。そして、その時の部長の笑顔。 でも。 こんな風に笑うんだ、と部長に初めてときめいた。 「な!勝ったぞ!俺、すごく上手くなっただろ?」 ソファの隣にいる部長に、ガバリと抱きつかれて、私は固まる。 顔が燃えるように熱くなった。それから耳まで熱くなってくるのが分かる。 動かなくなった私に気がつき、「ごめん、あ、そんなつもりじゃなくて」 動揺した部長は私を離して、少し離れた。 「いえ、あの、大丈夫です。えっと負けちゃいましたね、私」 あはは、と乾いた笑いを返す。 部長も私も一瞬無言になったけれど、部長が口を開いた。 「あのさ、もし、ゲームに勝ったら言おうと思ってたんだけど……」 部長がいつもより小さい声で呟いた。 甘くて緊張する雰囲気が広がる。 === それから、私は結婚した。 旦那さまは部長である。 もう3歳になる娘もいる。 春、テレビで桜を見たりすると、部長に絡んだ花見を毎回思い出す。 恥ずかしい気持ちがいまだに湧き起こって来るけれども、いい思い出である。 あの時、お花見でゲームをしなければ、無かった生活。 娘の名前は「桜」。 部長、いや、翔さんがもし女の子が出来たら付けたかった名前。 桜が生まれた時、「俺たちの思い出の場所だからな、桜とつけたい」と微笑んで言われたのがとても嬉しいかった。 あの時のお花見は、実は恋のゲームの始まりだったかも知れない。
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