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不老不死の身となってしまった僕に彼女はこう言った。
木や生き物は、長い年月をかけていつかオパールなどになることもあるんだそうですよ。
大切なものを箱にしまえばそれは宝箱となるだろう。宝箱に入れておけば、僕の愛する人もいつか宝石となるだろうか。
僕は死んでしまった彼女を箱にしまって、その長いという年月を待つことにした。
*
人びとが死に絶え文明が滅んでも僕は待った。
僕と同じく世界の行く末を見届けるために不老不死となった者もごくわずかだけれど存在していて、時たま交流をしながら彼女の眠る宝箱に寄り添い続けた。
「いつその宝箱を開けるんだい?」
雷鳴轟く大地を背後に、不老不死の仲間はそう訊いた。
「数百万年か、数億年か。そのくらいだろうか」
「へぇ。楽しみに待つものがあるというのはいいね。その頃には新しい人類が現れて文明も育っていそうだな。そうだ、最近は新種の生き物もだんだんと増えてきたみたいだよ。厳しい環境だからかな、進化も早いんだ」
彼は次々に話を広げ、頭上に今まさに落ちんとしていた稲妻をわずらわしそうに掴んで空に投げ返した。いつしかそのような力を、僕も得ていた。只人の身でなくなってから、そんな風になったのだ。
僕は箱の表面に体を溶かしながら広がって、外部からのあらゆる刺激から守ることにした。この箱が壊れてはいけない。
「ちょっと待ってくれよ。そんな姿になっちゃ会話ができないじゃないか」
彼は慌てたように言ったが、僕は無視した。
「……話ができないと寂しいだろう」
子どものような呟きにも、耳を貸さなかった。
彼女が虹色に輝く日を待って、僕は眠り、起き、また長く眠りながら待った。
*
正しく時を数えるというのは難しい。
それでもたしかに「そろそろだ」という予感があって、僕は目覚めて身体をゆっくりと元に戻した。そうして彼女の眠る箱に向き直る。空は穏やかに晴れていた。
箱の封を解いて中を覗き込む。
そこには、全身がまろやかに白く輝く宝石となった僕の愛する人がいた。
息を飲み、震える手でその美しい表面に手を伸ばす。
――へぇ、すごい。ほんとうに宝石になるんだね。
そのような声を聞いた気がして振り向いたが、そばには誰もいなかった。
「……君?」
いつの頃かよく親しげに話しかけてきた彼を呼ぶ。どこにもいないのに、気配を感じるのはなぜだろう。
「ああ、ごめん。ずっとこんな箱の中では苦しいね」
気を取り直して硬質な彼女をそっと抱き上げた時、気づいてしまった。
気づいた事実に愕然となって、数億年振りに涙がこぼれた。
抱き上げた彼女を地面に落とした。
きらきらと輝きながら、恋しい宝物がくだけ散る。
――もったいない。どうしてそんなことをするんだい?
いつかの昔に聞いた声が問いかけてくる。現実ではない、自分の妄想でしかないその声に呼びかける。
「君だろう? 君がやってくれたんだ」
長く長い時を待ったところで、生きものがオパールになる可能性は高くはない。ましてや骨ばかりか全身が変化することなんて。
あの頃話しかけてきてくれた彼。きっともうこの星のどこにも生きてはいないのだろう。不老不死にも綻びはある。その綻びを、彼は自ら広げて不老不死の身を滅ぼしたのだ。
僕の恋人を宝石に変えるために、すべての力を使うことによって。
「すまなかった。すまない……」
かつて愛した彼女に謝る。
「すまない……っ」
僕の願いを叶えるためにその命のすべてを使い果たした彼に謝り、膝をつく。
言っていたではないか、彼は寂しいと。限りない時を数少ない仲間と生きるのをせめてのよすがとして、寂しさを明るい声とその笑顔の下に隠していたのだ。
そして「待つものがある」という希望を持つ僕のために、その命を注いでくれたのだ。
くだけて小さくなったオパールを手に取った。
彼女の体と彼の力。
……もう動くことのないかつての恋人をばかり想うのではなく、かたわらでしゃべり続ける彼の話を聞いてみれば良かった。
生返事ばかりだった僕だけれど、彼にとってはきっと、僕は友人だったのだろうから。
僕は気づかないうちに唯一の友達の存在を消し去ってしまっていたのだ。僕にとって彼女が生きていられる理由であるように、彼にとってもまた、僕との少ない会話が救いとなっていたのに。
自分にとっての「大切」にばかり目を向けて、自分を大切に想う存在のことなど気にも留めなかった。
虹色の石を手に立ち上がり周囲を見てみれば、遠い過去に滅びきっていた星はまた豊かな命の息吹を取り戻していた。
「行こうか」
長い年月、一度も動くことのなかったその場から足を踏み出す。
「今はどんな生き物がいるだろう?」
今更ながら、そんな話を傾ける。彼ならどんな答えを返してくれたことだろう。
あの頃ちゃんと、寂しがりな彼と向き合って「どんな生き物が人類の代わりとなるのか」などという途方もない話をしてみれば良かった。
彼はきっと喜んで、どこまでも会話を広げてくれたはずだから。
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