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僕のお父さんはブチャラティというやつに殺された。 それは忘れもしない。あの夜の出来事。 いつものように仕事から帰ってきたお父さんと晩御飯を終え、その後。僕は晩酌しているお父さんと一緒にテレビを観ていた。 お父さんの口癖で。「お前も大きくなったら一緒に酒でも飲み交わしたいねー」と言う。 僕はお酒なんて飲む気はなかったから、いつも適当に聞き流している。 そんな僕にとってありふれた、いつまでも続くと思っていた夜だった。 その時だった。 玄関のドアがぶち破られて、そこにおかっぱの男の人が立っていた。 一瞬何が起こったかわからなかったが、何かすごいチカラで物を壊し堂々とその男の人が家に侵入した時に、僕は得体の知れない者への恐怖が全身に駆け巡った。 その恐怖は固まっている僕に向けられず、お父さんに向けられた。 男の人がいきなりお父さんの胸ぐらを掴み殴ったのだ。 何度も。何度も。 お父さんの悲鳴と男の人の怒号が部屋の中に響き渡る。 殴られる度に赤い鮮血が床に飛び散る。 僕はめちゃくちゃにされた部屋と日常の中でただ泣くことしか出来なかった。 今目の前に起こっている地獄絵図を誤魔化すようにただただ泣き叫んだ。 人の形をとった怪物はひとしきり殴った後、静かになったお父さんを放り投げ、扉のない出口へ去っていった。 僕はというと、お父さんを痛めつけたそいつの後を追うわけでもなく、ただしゃっくりあげていた。 騒ぎを聞きつけ駆けつけた近所の人達に発見されるまで、僕は情けなく無抵抗のまま床に腰を抜かしていた。 近所の人の通報で警察が駆けつけた。 だが今思えば、その時の僕にとって疑問はもたなかったが警察は僕に対する事情聴取や現場検証もせずにただお父さんの遺体を運んだ回収屋のようだった。 タンクに乗せられ白い布を被せられたお父さんを僕は追いかけようとしたが、警察に止められお父さんは連れて行かれてしまった。 そして誰も僕に寄り添って、心配してはくれなかった。それどころか、通報してくれた近所の人達でさえも険悪な顔で何かひそひそと話していた。 唯一寄り添ってくれたのは、事件を聞いて駆けつけてくれたお父さんの妹のクレア叔母さんだった。 叔母さんは野次馬を追っ払って、一人泣きじゃくっている僕を抱きしめてくれた。 そこで僕はようやくほんの少し恐怖から解放された。 その後叔母さんから聞かされた。 あなたのお父さんはね信じられないかもしれないけど、本当は悪いことをしていたの。 それで多くの人を怒らせちゃって、お父さんは... 叔母さんはなんとか僕を納得させようとしたのか、しどろもどろに言葉を選んで説明しようとした。 でも叔母さんが最後に言った言葉は「お父さんは殺されちゃったけど、あなたは同じようになってはいけない。」 叔母さん自身が自分に言い聞かせているのか、僕を無理やり安心させるためのものだったのか。 叔母さんも泣きながら僕に何度も言い聞かせていた。 後日僕は叔母さんの家に預けられることになった。 心の傷を癒す間も無く、引越しの準備。転校届などで忙しくなった。 叔母さんは一人で全てこなしてくれた。 叔母さんには感謝してはしきれないぐれない色々お世話になっている。 だがそんな僕の心は揺さぶられる。 学校でクラスのみんなに別れの挨拶を済ませて今まで通っていた学校の最後の生活を終えて家に帰っている時。 おかっぱ頭のあいつがいた。 老若男女多くの取り巻き達に囲まれて楽しそうにしているあいつが。 みんな「ブチャラティ」と呼んでいる。 ブチャラティ... 僕が一生涯忘れることのない名前だ。 あの夜のことがフラッシュバックする。 取り巻き達には優しい表情を浮かべる。あの顔と対照的にお父さんを殴っていた時の鬼の形相。 吐き気が込み上げで怒りが腹の底から煮えたぎってくる。 このまま奴を詰問して化けの皮を剥がしてやろうかと思ったが、僕の脳裏に優しい叔母さんの顔が浮かび上がる。 ここで僕が奴に詰問しても、今度は叔母さんが狙われるかもしれない。 これ以上叔母さんに迷惑をかけられない。 それに叔母さんだって辛いだ。 辛いのを我慢して僕の世話をしてくれている。 僕はその場を走り去った。 腹ただしいのを、悔しいのを、我慢して僕は叔母さんと一緒に生きるんだ。 僕はお前と同じ人間にはならないぞ!ブチャラティ! まだ街灯が灯るほどでもない夕暮れ時なのに、暗闇の中を走っている感覚だった。
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