桜の下に「宝物」があると彼女は言った

「桜の下に宝物が隠れています、さてなんでしょう」
　天音(あまね)は意味ありげに微笑んた。
　桜が咲き誇る並木の下、柔らかな春風が肩で切り揃えた彼女の髪を揺らす。

「それって『桜の木の下には死体が埋まっている』みたいな話か？」
　俺は満開の桜を眺めつつ天音(あまね)のつぶやきを拾い上げる。

「オリジナルの宝物みつけようゲーム」
　彼女はメガネを指先で持ち上げた。高校デビューでコンタクトにするかと思っていたが中学と同じメガネとは……。
「なんだそりゃ」
「死体が埋まっている場所は栄養豊富で桜がとても綺麗に咲く……みたいな理屈で史跡は桜の名所なんだって」
「おいおい公園を管理してるひとに怒られるからあんまり言うなよ」
「ソースは私」
「でたよ」
　天音(あまね)は昔からちょっと他人とは違う変わったヤツだ。ありていに言えば「おもしれぇ女」ってやつ。幼馴染みで腐れ縁みたいなものだが、離していて退屈しないというか馬が合うのは確かだ。

「私さ、ちょっと発見しちゃったんだ」
「桜の木の下に宝物をか？」
「探してみてよ、ナオにわかるかな、わっかねぇだろうなぁ」
　昭和の超絶に古いギャグじゃないかそれ。
　ちなみに「ナオ」とは俺、直樹(ナオキ)のこと。
　さっきから彼女が言う「宝物」とはさて何だろう。
　なぞかけか？　からかっているのか？
　ちらちらと桜の周囲を見てみるが、宝箱はおろか現金も落ちていない。
「花見の宴会で酔っぱらって誰かが落としていった財布とか？」
「情緒もへったくれもないね、零点」
「ひどい」

　桜がこんなに綺麗なんだから、地面じゃなくて花を見ようぜと思う。
　かくいう俺もそんなワケのわからん事ばかり言う天音が気になって、横顔や素直に揺れる細い髪の毛を見ているのだけれど。
「桜の季節限定なんだよね」
　天音(あまね)は落ちてきた桜の花びらを手のひらに迎え入れた。
　制服の上に羽織った群青色のカーディガンはぶかぶかで、袖口から見える指先があどけない。
　小学校の頃は「おもしれぇ女」で済んでいたが中学の頃にはすっかり「中二病」という言葉が似合うヤツになっていた。思春期真っ盛りだった俺は彼女と距離をおき、生温かく見守っていた。天音は我が道を往くマイペース女なので、付和雷同で空気を読まねば生きていけない中学の教室は窮屈で、生きづらさを感じていたように思う。
　高校生になった今春、奇しくもとなり町の高校に通う仲間になった。
　どうで朝も夕方も同じ方向だ。駅までは歩いたりバスに乗ったりと面倒でも、天音と一緒に過ごす時間は自然と増えた。

「ヒントをくれよ。このままじゃモヤモヤして桜の下で考える人みたいになっちまう」
「やべぇ男だなナオは」
「おまえに言われたかねぇ」
　天音のいう宝物。それは何だろう？
　もういちど地面に目を凝らす。
　桜の花びらでピンクに染まる歩道、青々とした雑草、黄色いタンポポ。城跡公園はお堀が巡らされている。水面には花弁が浮き、まるで絵の具を流したように鮮やかで美しい。　
　ハッ！？　もしやこの一面ピンクに彩られた光景こそが「宝物」なんて言うんじゃあるまいな。
「あのさ」
「なに？」
「ナオくんが今考えてる『ピンクに染まる地面やお堀が綺麗、これが宝物なんだろ』みたいな乙女で詩的(ポエミー)なヤツじゃないから」
　天音が真顔で言う。
「そっそんなことは考えてない！」
　くそ心を読むなバカ。
「ふうん？」
　メガネ越しの天音の瞳は楽しげに細められている。異心伝心っていうか？嬉しいというより怖いわ。
　放課後の解放感、ほどよい気温。夕方から夜に向けて宴会の準備をする大人たちもいる。

「お腹空いたね無(・)償(・)に桜餅が食べたい」
「おごらんぞ」
「叙述トリックを聞き破った」
「甘いな」
「無性に桜餅が食べたい」
「そんなに腹が減ったのか」
「えへへ」
「まぁ小腹は空いたな」
「そこの出店、お団子屋さんで桜餅買おうよ」
「……割り勘でな」

　俺たちは桜餅を買った。
　塩漬けの葉に甘い餡が美味しい。道明寺系ってやつか。

　それはさておき。
　天音の言う「宝物」が何かまだわからない。
　それは「桜の木の下」「隠れている」らしい。
　誰かが隠したものなら「隠した」と言うはずだから。
　主体的に隠れるもの？

「……生き物か？」
「鋭いね少年探偵ナオくん。近い……！」
　ほほう？　答えに近いのだな。
「私はそれを見て嬉しかった、ちょっとハッピーになった」
　陰りはじめた日差しの中、天音のメガネに西日が反射する。

「なんだハッピーなお宝って、まさかヤバイものか？」
「春を感じる見つけて嬉しいもの。あぁ他人が見てもスルーするか踏んづけちゃうだけかも」
「むむ？」
　そんな「宝物」があるのか？
　自分にとっては見つけて嬉しいもの。
　他人にとっては無価値かもしれないもの。
　そんでもって生き物？
　　……わからん。
　　いや、もしかして。

「ふきのとう？」
「惜しい」
　惜しいのか。
　生き物路線だな。

「もぐら？」
「嬉しくはないね」
　遠のいた。

「ミミズ」
「嬉しのは触手好きの変態かな」
　違うらしい。

「あぁわからん、答えを教えてくれ」
「もう、しかたないなぁ……こっち」
　そういうと天音は桜並木の下、誰も宴会をしていない開けた草地に進んでゆく。彼女の言う宝物とはなんなのか、ついに正体がわかる。

「はい、これが宝物」
　近づいた俺に、天音は足元を指さした。
　そこに茶色い物体が落ちている。
「なんだこりゃ？」
「キノコだよ」
「これ……キノコ？」
　キノコか？
　シイタケなんかとは印象が違う。
　地面からボコボコと凹んだ網目模様の傘が見えている。
　色は茶色で「ハチの巣」みたいな穴ぼこだらけの傘の、ちょっと気味の悪いキノコだった。

「これが宝物、春限定のレアなキノコなのよ」
「春に生えるキノコ？」
　キノコは秋に生えるイメージだが。
「アミガサタケっていうの。この季節に桜の木の根もとや周囲に生えるキノコ。フランスではモリーユって呼ばれてて、春の珍味なのよ。見つけてめっちゃテンションあがったわ」
　メガネをキラッキラと輝かせ満面の笑み。
　スマホを地面に置いて真横から「アミガサタケ」とやらの写真を撮りまくっている。
「マジか……」
　それが宝物とは。
　天音はヤバイやつだ。
　一本を地面から抜いて、つまみ上げて眺める。
「うひょぉお！　可愛いっ」
　キノコに歓喜する女子高生。
　おまえのほうがレアじゃねーか。
「いい匂いだよ、すはー！　たまりませんわ」
「まぁ……キノコ臭はするな」
　確かに新鮮なキノコ特有のにおいがした。しかしテンション爆上がりするのは天音ぐらいなものだろ。

「これね美味しいらしいよ」
「食えるの！？」
「ネットで『素敵なフランス料理』でレシピもあったよ。キノコリゾットにするの」
　にっこりと微笑む天音。
　いや、まて。
　なんだその笑みは。

「食感がいいらしいよ？」
「へぇ」
「ナオに作ってあげようっか？」
　やっぱり！？
「遠慮し特。天音が自分で食えよ、美味しいんだろ？」
「いやぁ、公園でワンちゃんがおしっこしてるかもしれないし」
「おまえなぁ」

　こうして。
　桜のしたにあるという宝物の正体は判明した。
　見つけると嬉しい宝物。
　春だけ限定で生える『アミガサタケ』だったなんて。
　そんなん普通はわからんて。

「やっぱり春っていいね、桜……きれい」
　天音はようやく上を見上げた。
　そんな花咲くような笑みを見せられたら、もう何も言えないじゃないか。
「そうだな」

＜おしまい＞