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そんな私たちがそれぞれの道を行くことになったのは結婚三年目のことだったわ。三年目の浮気なんて歌があったけど、私たちが別れた理由はそんなんじゃなくて、性格の不一致ね。
結婚するまでは私たち実家住まいだったから二人だけの時間に渇望があったんだけど、いざいっしょに住んでみるとお互いの見たくない部分が見えてくるのよ。それはもう家事の分担から料理の味付けに至るまで。
でもひとつひとつは些細なこと、譲れないことはなかったし別れるまでもないくらいの小さなスレ違いだったわ……なんてね、実はそんなのは表向きの言い訳、本当の理由は性格の不一致なんかじゃなくて、性の不一致とも言うべきことだったの。
彼との生活自体にそれほどの不満はなかったわ。身体の相性も悪い方ではなかったと思う。なんて言ってみたところで、お互いに他の人との経験なんてそんなこと知らなかったんだけどね。
学生時代からのつき合いだもの私たちは相手がどうすれば満足できるかもよくわかってたわ、あるひとつを除いては。
そのひとつというのは……それは……私は彼に抱きしめてもらいたかった。ギュッと強く抱きしめてもらいたかった。でも彼がそうしてくれることはなかった。
スキンシップがなかったわけではないの。むしろ他の人が見たら恥ずかしいと思うくらいにベタベタしていたと思うわ。歩いてるときでも映画を観てるときでもいつでも手をつないでたし、もちろん写真を撮るときや夜景を楽しむときだって彼はいつも私の腰に手を回してやさしく寄り添ってくれたわ。
でもそれだけじゃダメ、それだけじゃダメなの、私はもっとしっかりと抱きしめられることでより強い彼の愛を感じたかったの。決して私を離さないという実感が欲しかったの。
だけど彼は私の願いに応えてくれることはなかった。それどころかいつの間にか手をつなぐこともなくなってきたし、いつも並んで歩いていた二人だったのが彼か私のどちらかが相手の後ろをついて歩くようになってしまったの。
そんなあるとき私は気付いたわ。彼、私が思っていた以上に歩くのが速い人だったんだなって。
そうか今までの彼は私に合わせてくれてたんだ。
そして彼が前を歩くときに徐々に開いていく二人の距離と同じように私たちお互いの心の隙間も広がっていったの。
きっと彼も居心地の悪さを感じてたと思うわ。だってその頃にはだんだんと会話もスキンシップも、そしてお互いを求め合うこともなくなってたし。
そして契機はあっさりとやってきたわ。
それは彼の海外赴任だった、それも単身での出向。彼は会社に何度も交渉したけれど出せるのは帰省手当までって言われたそうよ。
でもそのときの私は……私はこのままでいい、今の仕事も辞めたくないって思ったわ。そして少しだけ、ほんの少しだけだけど心が軽くなっていることを実感してしまったの。
こうして私たち二人は別々の道を行くことにした。それは私たちなりの円満な発展的解消だった。
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