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第四話 追憶と混濁
楠間雲雀は誰よりも知崎鷹千代に憧れを抱いていた。
自身より勉学や知識が豊富ではないが、不思議と惹かれるもの――それが何なのか、雲雀は未だにその謎が解けていない。
「ん……」
パニックに陥ってたから、雲雀が次に視界を開けたのは保健室の天井。そして左手の温かさを感じた時だった。
「タカ、くん……ああ、僕」
自身の落ち度に気が滅入る。
――またやってしまった、と。
「……情けないな、僕。人の目を気にしてしまうの、いつまで経っても治らないなんて。それにまた、キミに迷惑を掛けてしまうとか」
深い、深い溜息が募る。
瞳を瞑り、手を握るようにして顔をベッドへ横になっている鷹千代。彼は雲雀の弱々しい呟きに反応して反論を言い渡す。
「別に、迷惑なんて思ってないよ」
「っ! タ、タカくん……おっ、起きてたの?」
雲雀の純粋な反応に鷹千代は悪戯な笑みを浮かべた。
「あ、寝てた方が都合が良かった? 我が王子の弱音という本音が聞けるとこだったとか?」
「………………馬鹿」
「はいはい、バカですよーっと。んで、体調はどうよ? さっきよりは顔色良さそうだけど」
「……うん、大丈夫。一応」
その一言により鷹千代の表情は柔らかくなった。
「なら、よかった。ま、一応じゃなくて絶対の方が欲しい言葉だけど」
「それは無理。この世に絶対を求める方が間違ってるよ」
「そりゃそうだ」
雲雀は一瞬だけ俯き、改めて幼馴染である鷹千代を瞳に捉える。
「ごめん……」
「果て、それは何に対しての謝罪なのかな?」
「秘密――タカくんと恋人であること、バレっちゃったから」
「ああ、そのこと」
流れる曖昧な空気をわざとらしく割くように、鷹千代は保健室のベッドから立ち上がっては強張る様子もなく素直に真実を語る。
「全然平気。だって、あれ、噂を広めたの俺だし」
「……………………は?」
驚き、黒い瞳を丸くする。
口をぱくぱくとさせ、上手く文章にすること叶わず鷹千代はフッと素直に疑問を嘆いた。
「雲雀はさ、どうして秘密にしたがるの?」
「っ、それは…………だっ、て――迷惑、だから」
「ん、迷惑?」
目が泳ぐ。恋人の方を合わせられないくらい抱えていた本音を曝け出すのを怖がるように。それでも雲雀は回答を絞り出した。
「だって……タカくんは昔から明るくて、友達もたくさんいて。僕とは、違う……僕なんかと一緒に居たら、君に迷惑が」
ぽん、と雲雀の頭に鷹千代の右手が乗っけられる。そして、くしゃくしゃと撫でだした。
「ちょ、タカくん……! やめっ」
「ヤだね。俺は迷惑だなんて一切思ってないし、雲雀のこと大好きだし!」
「っ……⁉」
頬が一瞬だけ緩み、やがて羞恥心が雲雀のもとへ無遠慮に訪れる。それでも彼は止めなかった。
「だから、わかるまでこうしてやる! いんや、わからせてやる」
「なっ、何わけわからないことを……!」
あからさまな面倒そうな表情をするものの、抵抗はしない雲雀。それに調子付いたのか、にこやかに微笑む彼は悪気なく感想を言う。
「はは、雲雀って地頭はめちゃくちゃいいのに。素直に受け取ってくれないところがバカで、可愛いよな」
「……」
「あ、怒った? もしかして、憤怒しちゃった?」
「……可愛いは別に、求めてない」
口を尖らせ、視線を下げる。幼馴染のご機嫌斜めな反応に鷹千代は目を伏せて鼻で軽く嗤った。
「ふっ、左様ですか」
口角を上げ、まるで愛しい者を撫でていた手を止めると鷹千代は恋人の前髪を軽く上げて額に柔らかいキスを施した。
「……そういうさらっと出来ちゃうの、ちょっと……ほんの少しだけ、心配」
「何々、嫉妬してくれてるの? 安心しなされ、愛しのひーくんにしかしないから」
「ん、当然」
浮かべた涙は自然と引っ込み、雲雀は得意気な表情をする。その都合の良い変化に鷹千代が今度は驚きを与えられる側に。
「わーお、突然のいつのも雲雀ムーブにタカくんも思わずビックリよ」
「ふふ。なら、もっと驚きをあげるよ」
キスをひとつ落とす。
突然で優しい、柔らかな……けど、行為のあとは羞恥心がしっかりと芽生えてたのち、鷹千代にしっかりと弄られたのだった。
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