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「映画、面白かったね」
「うん、そうだね……」
「暗い顔してどうかした?」
「え、なんでもないよ」
慌てて私は笑顔を取り繕った。「そっか、なら良かった」と映画の感想の続きをアキラくんは話し始める。
デートの帰り道。私を駅まで送り届けると、「それじゃ、またね」と手を振り、アキラくんは背を向けた。私も手を振り、改札へと向かう。そして、いつもの通りラーメン屋に直行した。
アキラくんの前では平然を装っていても、私はもう空腹の限界だった。少しでも気を抜いたら、その場に蹲ってしまいそうなほどに。二人で夕飯を食べたが、すぐにお腹が空いてしまったのだ。
今日に限った話じゃない。デートの後は大抵、飲食店に立ち寄っていた。私はアキラくんの前で、たくさん食べることを控えるようにしている。なぜなら、元カレに「食いすぎだ」と言われ振られたことがトラウマになっているからだ。
失恋をしてもう恋なんて懲り懲りだと思っていた。だけど、バイト先で出会った大学生のアキラくんは、落ち着きがあって、仕事も丁寧に教えてくれて、そんな彼を私はすぐに好きになってしまった。
運ばれてきた醬油ラーメンから立ち上る湯気。油の浮いた綺麗なスープ。麺の上に行儀よくトッピングされたチャーシュー、メンマ、ネギ、玉子。堂々と鎮座するその様は、今日もよく頑張って空腹に耐えたことを褒め称えるトロフィーのようであった。
私は手を合わせ、ラーメンを食べ始めた。美味しい。でも、本当は誰の前でもたくさん食べたかった。まだ、食べることはできるのに食べないでいると、空腹になってしまうし、そんな状態で気付かれないようにしながらアキラくんといることにも疲れてしまう。
自分を偽らないでいられたなぁ。アキラくんといる時間がもっと楽しくなるだろうな。れんげで掬い飲み干した醤油ラーメンのスープのしょっぱさが喉奥染みわたった。
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