12人が本棚に入れています
本棚に追加
ユキさんは目を大きくした後、吹き出した。
「あはは。いつの時代の話よ。せっかく人間の世界に溶け込んでいるのに、殺しちゃったら目立つじゃない。それに私は、人間と雪女のハーフなの。普通に人間として暮らしているわ」
「でも兄さんは、ユキさんが雪女だってこと、知らないんでしょ?」
「当たり前じゃない。そもそも、雪女の血を引いてるってバレちゃいけないんだもの。それなのにあなたが、コソコソと探るから」
「別に探っていたわけじゃないよ。本当にさっきまでは、ただ僕に対して冷たい人だ、としか思っていなかったんだから。そんなことよりも、兄さんに何をするつもり?」
「何って、普通に付き合っているだけよ。まぁ、最初は安心だという理由で、大翔くんを選んだのだけど」
「どういう意味?」
「だって大翔くんて——鈍いんだもの」
——あ、それは分かる。
兄さんは、良く言えば細かいことは気にしない性格だ。車に轢かれて頭から血を流しながら帰ってきた時も、気付かなかったと笑っていた。
「もう1年も付き合っているのに、今も私のことを、普通の人間だと思っているわよ」
——鈍すぎるだろ、兄さん!
吹雪を起こしていなくても、ユキさんが近くにいると寒い。背筋がぞくっとするような冷気が漂っている。付き合っていても、それに気付かないなんて……。鈍いにも程がある。
「それから、先に言っておくけど。もし私のことを大翔くんに言ったら……どうなるか、分かるわよね?」
ユキさんはこちらへ足を1歩進めて、冷たい目で僕を見下ろす。
——目が殺すって言ってる!
「い、言わないよ。その代わり、兄さんを凍らせたりはしないでね」
「そんなことをするわけがないじゃない、普通に付き合える貴重な存在なのに。それに、私だって大翔くんのことを好きなのよ」
「それならいいけど……」
「あなたなら、迷わず凍らせるけどね」
「なんで! 僕を凍らせたら、兄さんが悲しむぞ!」
思わずファイティングポーズをとった。
「そんなの……記憶を消してしまえばいいじゃない」
ゴゥッ、と音がして、また僕の周りだけ吹雪が起こった。冷たい雪が全身にバチバチと当たってくる。
「絶対に、誰にも言わないって約束しなさい」
吹雪は激しくなり、立っていられなくなった。身体がガタガタと震えている。もう力が入らない。
——このままじゃ凍死する……。
「ごめんなさい。誰にも言いません」
言うと吹雪は、すぅっと消えていった。
何の力もない普通の人間が、雪女に勝てるわけがないのだ。彼女に逆らってはいけない。
——イノチ、ダイジ……(泣)
ユキさんは、兄さんと会うのだと言って、帰って行った。
「はぁ……。なんか疲れた。妖怪って本当にいるんだな……」
しかも、兄さんの彼女だなんて。
「どうしようか……。やっぱり兄さんに言った方がいいよな。でも言うと僕の命が危ないし。う〜ん……」
下を向いて、考え事をしながら歩いていると「うぅ……」と呻き声のようなものが聞こえてきた。男の声だ。
顔を上げるとそこは、ユキさんとぶつかった場所だった。
——そういえば、さっきも聞こえたな。誰かいるのか?
暗い路地へ入るのは危ないような気もするけれど、どうしても気になる。僕は恐る恐る路地の奥へ進んだ。
「うぅ、う……」また声が聞こえる。
ビルの室外機の横を覗覗くと、男性が倒れていた。その下半身が——凍っている。
「助け、て……バケモノ……」
「うわあぁぁあ!」
男性が手を伸ばしてきたので、驚いて逃げてしまった。
——ちょっと待って。凍っていたってことは、あれはユキさんがやったのか。
ユキさんが出てきた場所で、下半身が凍った男性が倒れていた。もう間違いないだろう。
「こわぁ……。怒らせないように気を付けよう……」
最初のコメントを投稿しよう!