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「ただいまー。あっ!」
家の玄関を開けた瞬間、身体がびくん、と跳ねた。兄さんの大きな靴の隣に、小さな女性用の靴がある。
「おかえり〜」
兄さんの声が聞こえて顔を上げると、兄さんの斜め後ろには、ユキさんの姿が。家に来るのなら、さっき言ってくれたら良かったのに。聞いていたら、僕は帰って来なかった。
「今からゲームするんだけど、涼介もやるか?」
「えっ! えーと……」
ちらりとユキさんの方へ目をやると、ユキさんの後ろが吹雪いている。
——えっ、どっち?
断れということだろうか。それとも、兄さんの言うことを聞けという意味なのか。でも、それよりも……。なんで兄さんは、あの吹雪に気付かないのだろうか。
——絶対に寒いだろ。雪が兄さんの頭にも当たってるじゃん。
「どうした? やらないのか?」ははは、と兄さんは呑気に笑う。
——あ。これ、気付いてないわ……。
ユキさんの後ろでは、髪の毛が舞い上がる程に、吹雪が酷くなっている。なんとなく、僕は自分の部屋へ行った方がいい気がした。
「ごめん兄さん。宿題をやらなきゃいけないんだ」
「そうか。じゃあ、2人でやろうか」
兄さんがユキさんの方を向くと、一瞬で吹雪は止んだ。そしてユキさんは、目を細めて可愛らしく微笑んでいる。
——誰、アレ。さっきまでゴキブリを見るような目で、僕を睨んでいたくせに。
あからさま過ぎて、少しだけ傷付く。兄さんとユキさんが部屋の中に入ってから、僕も自分の部屋へ向かった。
宿題をしていると、ぐぅぅ、と腹が鳴った。
「腹減ったな……。何か取ってこよう」
帰る時にコンビニに寄って、お菓子を買おうと思っていたのに、ユキさんに出くわしたせいで忘れていた。
兄さんの部屋の前を通ると、2人の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。ユキさんが声をあげて笑うところなんて、僕には想像ができない。僕に向けるのは、表情筋が死んだのかと思うような真顔と、見下しているような冷たい目だけだ。
リビングに入り、冷蔵庫を開ける。
「あ。プリンとケーキがある。母さんは、ユキさんが来ることを聞いていたのかな」
今度から僕にも教えてくれと言いたいが、それを言うと「なんで?」と訊かれそうな気がする。兄さんがユキさんの正体を知っていれば、言いやすいのに。
「プリンとケーキ、どっちにしようかな」
冷蔵庫の中を眺めていると、リビングのドアが開いた。
「おぉ。涼介もおやつを取りに来たのか?」
「うん……。そうだよ」
——うわぁ、タイミング悪っ。
兄さんの後ろにはユキさんがいる。おやつを取りに来るだけなのに、一緒に来る必要があるのだろうか。
「冷凍庫にアイスもあるぞ。ユキが買ってきてくれたんだ」
「あぁ、溶けないから……」つい、呟いてしまった。
はっ! とすぐに気付いたが、もう遅い。
首筋に冷たい風が纏わりつく。まずいことを言ったのは分かっているので、兄さんの後ろを見たくなかった。
恐る恐るユキさんを見ると——思った通り、吹雪いている。激しい雪の嵐だ。ホワイトアウトでユキさんの顔が見えないのは、好都合なのかも知れない。
ただ、表情は見えないが、光るものが2つある気がする。ちょうど、ユキさんの目と同じくらいの位置に。
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