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「ユキは何にする?」
兄さんが振り向くと、魔法のように吹雪は消えた。
——兄さん、ナイス!
「私はアイスにするわ」
「分かった。俺はどうしようかな〜。涼太は何にするんだ?」
兄さんは僕の横に来て、冷蔵庫を覗き込む。
「僕も迷っていたんだけど、プリンにしようかなと思って」
「涼太がプリンにするなら、俺もプリンにしよう」
いつ氷漬けにされるか分からない状況で、兄さんがそばに来てくれると、本当に、ほっとする。兄さんが隣にいる間は、ユキさんも何もできないだろう。
「あ、アイスも食べようかな。せっかくユキが買ってきてくれたんだし。涼太はどうする?」
「僕は、今はいいよ。ちょっと寒いし」
「寒い? 風邪を引いたんじゃないのか?」
「ううん、大丈夫だよ。熱があるわけじゃなくて、部屋の中に冷気が漂ってるというか……」
——あ。
見なくても分かる。肌を突き刺すような、冷たい風を感じた。おそらくまた、吹雪いている。
——なんで、余計なことを言っちゃったんだろう……。
コン、コン、コン、と床に何かが当たる音が聞こえた。
——何の音……。はっ! 雪じゃなくて雹!
ユキさんが降らせた雹が床に落ちて、コン、コン、コン、と音を立てている。落ちた後に勢い良く転がっているので、硬いのだろう。
雹が床に落ちる音が大きくなっていく。氷の粒が、どんどん大きくなっているのだ。すでにゴルフボールと同じくらいの大きさ。氷の粒というよりは、氷の塊だ。吹雪の中でアレが当たると、間違いなく痛いだろう。
ゴン、ゴン、ゴン、と鈍い音が響いている。
——鈍い兄さんでも、これはさすがに気付くだろ。
期待を込めた目で兄さんを見ると——。
「う〜ん、どれにしようかな。涼太はどれがいいと思う?」
——ウソだろ。全っ然、気付いてない! なんでだよ!
リビングの床は、氷の塊で埋め尽くされている。部屋の中なのに、冷凍庫の中にいるみたいな寒さだ。これ以上は僕が耐えられない。
「に、兄さん? ユキさんが呼んでるよ」
気付かないなら、気付かせてやればいい。彼女が雪女だということを!
「ん? どうかした?」
兄さんは前屈みになっていた身体を起こして、リビングにいるユキさんの方を向く。
すると、一瞬で吹雪は止み、床を埋め尽くしていた雹が消えた。なんて便利な力なんだ。
「何?」
「私は何も言ってないわ。涼太くんの勘違いじゃないかしら」
ユキさんは、にこっと微笑む。でも、目が笑っていないのが分かる。冷たい空気が首に纏わりついてくるのは、彼女が怒っている証拠だろう。これはおそらく、殺気だ。
「そうだ。涼太も一緒に食べようぜ」
「えっ?」
「宿題をやるって言ってたけど、今は休憩中なんだろ? それなら、3人で一緒に食べよう」
兄さんは僕の背中を押しながら、リビングのソファーへ向かう。
「え、ちょっと、兄さん!」
兄さんは僕よりも、はるかに身体が大きくて力も強い。抵抗も虚しく、僕はソファーに座らされてしまった。
向かいのソファーに座ったユキさんは、ずっと笑顔の面をつけたような顔をしている。彼女は兄さんと2人で、おやつを食べたかったのだろう。
——僕だって、自分の部屋で食べようと思ってたんだよ。
不本意なのはこちらも同じだ。嫌そうにするのは、やめていただきたい。
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