兄さんの彼女は今日もつめたい

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 兄さんがひとりで喋っている、居心地の悪いおやつタイム。早く食べ終えて、部屋に戻りたい。 「涼太も少し食べるか?」  兄さんが、食べかけのチョコレートアイスを、僕の目の前に差し出した。 「いや、僕はいいよ……」  彼の前にはバニラアイスと、抹茶のアイスも置いてある。プリンにアイス3つなんて、たとえ真夏の炎天下だったとしても、腹が冷えそうな気がする。  それに、ユキさんが近くに来ると、ひんやりとした空気を感じるのだ。隣にいる兄さんは寒くないのだろうか。 「よく食べるね、兄さんは。そんなに食べて、寒くないの?」 「別に寒くはないけど。ゲームに夢中になってたから、暑いくらいだよ。なんで?」 「いや、アイスを3つも、この寒い部屋で……」  キイン、と足が冷えて、思わずプリンを机の上に叩きつけた。 「どうしたんだ?」  兄さんは不思議そうな顔をして、僕を見ている。 「な、何でもな、い……」  下を見ると、足首から先がキラキラと輝いている。これはガラスの靴ではない。氷の靴だ。刺すように冷たくて、身体がどんどん冷えていく。  ——まだ何も言ってないだろ……! 「どうしたんだよ、涼太。震えてるじゃないか。やっぱりアイスが欲しかったんだろう? 涼太も食えよ」  ——ちっがう! 横にいる彼女が足を凍らせたんだよ!  段々と足の感覚が無くなっていく。これは氷を消してもらわないとマズイ。凍傷になりそうだ。 「ユキ——」 「雪?」  ユキさんが冷たい目で僕を見る。隣に兄さんがいるのに、猫をかぶるのを忘れているようだ。  ——今だ、兄さん! 隣を見て!  兄さんを見ると——アイスに夢中で、僕の視線にも気付かない。  ——兄さんんん……!!  足が凍っていなかったら倒れるところだ。兄弟の仲は良い方だと思うけれど、少しイライラしてきた。兄さんは鈍すぎる。だから雪女に狙われるんだ。  でもそんなことよりも、もう足が限界だ。なんとか兄さんに知らせないと。 「あのさ……」  視線を上げると、何かがキラッと光った。  ——げぇっ! 兄さんの後ろに氷柱(つらら)が!  鋭利な先端が、僕に照準を定めている。6本の太い氷柱の先端が、ギラリと光った。攻撃力が高すぎる。  まだ何も言っていないのに、命が危険に(さら)されているようだ。  氷柱の周りには、冷気が漂っているのが見える。もちろん兄さんの頭にも、その冷気が当たっているはずなのに、全く気付いていないようだ。相変わらず、美味しそうにアイスを食べている。  ——兄さん……。  思っていた以上に兄さんが鈍い。これは、ユキさんが吹雪を起こしているところを見せたとしても、彼女が雪女だと気付かない可能性がある。  ——あ、足がぁ……!  本当に、足が限界だ。もう感覚がない。 「ちょっと、トイレ行ってくる」  兄さんがアイスを机の上に置くと、氷柱と冷気は、さぁっ、と消えた。ただ、僕の足は凍ったままだ。いつまでこのままにしておくつもりなのだろうか。  兄さんがリビングを出てドアを閉めると、ユキさんは足を組んで、ふんっ、と鼻を鳴らす。兄さんがいる時とは別人だ。 「そうだ。足だけじゃなくて、全身を凍らせてみるのはどう? 人間にとっては貴重な体験でしょう? 遠慮しなくていいわよ」 「いいえ、結構です! お(かま)いなく!」  秘密を共有すると、仲が深まると聞いたことがあるけれど、兄さんの彼女の態度は変わらない。相変わらず僕にだけは、冷たいままだ。  僕に優しくしてくれる日は、来るのだろうか。  〈了〉
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