あなたを消した理由・役員会編

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 私は、高杉玄太68歳、第二の定年が待ち遠しい年頃だ。  薬剤師の資格を持ち、地方都市の中心商店街で小さな薬局を始めてから紆余曲折はあったものの、今では支店も含めて3店舗体制の会社にまで発展した。その会社は娘婿に継がせて、今では会長となっている。ちなみに息子は家業を継ぐつもりはないと、サラリーマンになっている。私は、市の商工会では筆頭代議員となり、副会頭の候補にもなっている。死ぬ前にもう一つぐらい奉公しても悪くないかとの思いもあるが、流れ任せだ。若かりし頃は、市議会議員に立候補して落選したことがあるが、そのころの出たがりな性格は、この歳になってようやく落ち着いてきた。  商工会では、ネット通販用にウェブサイトを持っているが、インデックスページは総合コンテンツを用意してある。このコンテンツの構築は、自慢ではないが私が壮年期に設計したものでなかなかの出来だと自負している。  この中に今週の運勢占いページがあるのだが、これは私のお気に入りの一つだ。今は、後任に引き継いでおり、市内の有名占い師の監修のもとでアルゴリズムを組んで、それらしいことを託宣しているらしい。  そこで私は今週の運勢占いをしてみた。すると「今週、あなたは何ものかによって消されます。注意が必要でしょう。」という何とも不穏なメッセージがスマホに表示された。いやいや、こんな具体的なメッセージが出たことは今回が初めてだ。少しドキリとしつつ、あの連中、アルゴリズムに手を加えたのか、エラーでも入っているのではないか等を疑ってみたりもした。最近はネット担当の若い連中がAIの導入について試行錯誤しているという話も聞いたので、エラーのある状態で実装してしまったのかなどと思いを巡らせてみたが、主担は、なかなか切れ者と噂の人物だから凡ミスはしていないだろう。  それより、せっかくの占いの結果なのだから、今週、私を消そうとする何ものかについて考えてみることとした。そうすると、思い当たる節が多すぎる。今は、4月の最終週で私の所属している各団体の役員改選の時期だ。それに、健康診断でメタボに判定されてしまい、精密検査を受けた結果も未だ見ていないので、今週、病院に行く予定としていた。家庭は円満とは言い過ぎかもしれないが、ここ数年は何の問題もないので大丈夫だろう。家業がそれなりに順調であるから、家族から家を追い出される心配もしなくてもよい。いや、そう考えると地震や津波などの災害はどうか、北朝鮮からミサイルでも飛んでくるのか、いろいろなことに思いが発展してしまう。  人生何が起こるのかわからないのだから、様々なことを考えて対応策を講じておくように。占いは、そう言っているような気がしてきた。  しかし、改めて考えてみると、私を消そうとすれ何ものかは、そんな突拍子のないものではなく、やはり、何らかの団体の役員から、私を外そうという連中ではないか。そう思えてきた。いや、正確には他のことはわからないし、そう考えて策を練るのが有効な事案と思えたのだ。  こういう策をめぐらすのが好きと言えば語弊があるかもしれない。だいたい団体役員と言っても企業の役員ではなく、任意団体の役員で報酬もほとんどない。薬剤師会あたりはしっかしりた組織だが、あとは商店振興会や町内会、町内連合会、区自治会、PTAOB会、盆踊り保存会、草魂会やら水曜会などである。名前で体がわかる組織ならまだしも、地元草野球の会(草魂会)やら、法人会長OB会(水曜会)などなど、もはや何が何だがわからない状態に自分でもなりつつある。出たがりで「NO!と言えない」性格の為か、様々な任意団体の役員を結果的に引き受けてきた。そしてそれらの活動は面倒と言ったところが正直な話なのだ。だから、私を消したいと思うなら、それは上等な話でこっちから消えたいくらいだと考えるに至った。  さて、このように考えていると妙なもので、どうせ辞めさせられるくらいなら、少し自分を通して無理難題でもふっかけてやろうかという気にもなってきた。  辞めたいと思うのは町内連合会、PTAOB会、草魂会、水曜会あたりだが、それより一番に腹が立つくらい理不尽なのが区自治会だ。この区というのは、中学校区の区で小学校区2つ分ある。そこで、なぜか既存の町内会やPTA等の組織と別に中学校区の防災・防犯、あるいは生活環境改善などを担っている。否、担わされている。災害時の避難場所に各学校が指定されており、避難訓練等を地域の中で有効に実施するために、発足当時の学校長、PTA会長、町内会長らが連名で設立したものだ。これは、これで良しと思う。しかし、避難訓練だけならまだしも、防犯パトロール、危険マップ作成、行政への要望活動など事業を拡大し、最近では、生徒指導やあいさつ運動、挙句の果てには区民運動会まで開催させられている。  最近は、役員をはじめとした執行メンバーの高齢化もあり、徐々に勢いは衰えつつあるが、まだまだ役員らは意気軒高だし、会長の私の意見を聞く前に行事の実施予定が決まっている有様だ。  最たる結果として、今年の総会を商店振興会の役員会と同じ、4月26日(金)18時に実施するという。会長に対して、総会日程の事前調整もないというのだから呆れたものだ。どうやらPTA会長が校長に日程の伺いをしたところ、学校の都合でこの日しか参加できないらしい。会長より平役員の校長の日程を優先するくらいなら、最初から校長が会長を務めれば良いのだ。  さてそんな思いを持ちながら、私は商店振興会の事務局長をしている小林大輔に電話をした。小林は私と同じ歳で会発足当時からのメンバーの一人で気の置けない仲間である。 「いや~、そんな訳でさ、役員会と区自治会の総会が重なっちゃってさ、困ったもんだよ。この際、商店振興会の役員会があるから欠席しますって言っちゃおうかな」 「玄ちゃん、そりゃまずいっしょ。仮にも会長なんだし。まあ、こっちは役員会だし、役員は7人、会員だって全部で数十人の所帯なんだから、なんとかなるっしょ。決め事と言えば、玄ちゃんが無事に退任できるように副会長にも俺から言っとくからさ、任せてよ。他に何か気になることでもあるのかい」 「正直、区自治会って面倒なんだよな。辞めたいな」 「それなら正直に言ったらいいじゃん。一発ぶちかましたれ。それともなんか根回しか必要なら俺っちも協力するよ」 「いや、言葉だけもらっとくよ。でも、俺もいろいろやってるけどさ、安心できるのって振興会と盆踊りくらいなんだよね」 「そうだよな。お互い、いらないしがらみは断ち切って、だんだん楽しいと思えるところだけに絞っていきたいよね」 「そうだな。おっと、時間だ。またな」  小林っちの言う通り、総会でぶちかましてやろうか。  4月26日(金)18時過ぎ区自治会の総会が始まった。会場は中学校の集会室で、役員には小中学校の校長、PTA会長、学区内の町内会長、公民館長、コミュニティーセンター長らがいる。会員は一応、学区内の全ての住民、企業等となっているらしく、千数百名いるはずだが、住民の参加者は数名だけだ。会員なのかオブザーバーなのか、よくわからないと言った感じで、地元消防団員や銀行職員、保険の外交員等が座っている。一体、何をしに来ているのやら。  副会長となっている中学校の佐藤PTA会長が開会を宣言し、総会の成立を宣言した。次には、次第に沿って私が会長挨拶を述べるタイミングに割って入った。 「佐藤会長。会員数に対して総会の出席者が少なすぎやしませんか。委任状は揃っているのですか」 佐藤は、一瞬、何を言い出すのやらと驚いた感じであったが、すぐに厭きたような顔となり続けた。 「参加者の方々、皆さん会長、会長で紛らわしいですな。先日、中学校の方でPTA総会を開いて、本日の区自治会案件に対してはPTA会員総意を持ってPTA会長に包括委任されることが決議されました。小学校でも同様ですし、これから開かれる各町内会の総会でも、その旨報告となりますので問題ないでしょう。面倒な話はさておき、高杉会長には次第に沿って、会長あいさつをお願いします」 悪びれた様子も無く続けた。ここで、かっとなっては負けだ。私も嫌みを交えながら続けることとした。 「本日は関係各位の皆様には、年度初めの忙しい日取りの中、総会に出席いただきましてありがとうございました。かくいう私自身、本日の日程は決定してからお知らせをいただき、先に決めていた商店振興会の役員会と重複しておりましたが、こちらの総会を優先して出席した次第であります。なかなか多岐にわたる区自治会の活動については、特に最近は私も歳を感じまして実施能力に疑問もわいてきているところもございましたので、本日の会議では皆様より忌憚のないご意見を賜りながら、役員の体制も含めて、会にとって何が必要で、それをどのようにすれば実現できていくのか考えて参りたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします」 参加者一同は、訝し気に話を聞いていたが、特に慌てた様子もなく、議事に入っていった。  定番の決算及び監査報告を終え、新年度の予算及び事業計画の審議に入った。資料は昨日、何ものかが私の自宅ポストに投函していったので、初見ではなかったものの、考える時間的な余裕は無かったし、そもそも、このような事務の進め方で良いのだろうかという疑念がわいていた。  新年度の予算は、前年度比で2倍、前々年度比で5倍である。会計である木村公民館長が金額の説明の後に一言だけ付け加えた。 「一昨年までコロナで、昨年あたりだいぶ復活してきましたが、今年度はコロナ前のレベルに戻したいという考えです。内容は、当時の事業とほぼ同様であります。」  ここら辺から、私の頭はヒートアップしてきた。会長であるにもかかわらず、議案のダメ出しを続けた。コロナで事業ができなくなったのは残念だが、正直、やっと落ち着いたと思っている会員の声も聞こえている。割合にしても、過半とは言い切れないが、決して無視できない数のはずだ。  その場の勢いもあって、私はほとんど全ての役員にケチをつける形で予算と事業計画の審議を続けた。それは、たった一人の会長を、他の役員全員が説得するという異様な形でもあった。  誰かによって私が消される瞬間、それはもう、いつ訪れても、誰からであってもおかしくない様相となっていた。消される前に消えてやる。そう思い、私は続けた。 「もはや、ここに至れば、予算や事業計画の審議を保留とし、先に新年度の役員について審議をしませんか。ここまで意見が異なる会長がトップに座っていてもおかしいでしょう。皆さんにとっても害悪でしかないのでは。そのようなことでしたら、やはり私が会長を辞することによって、新たな体制のもとで予算や事業計画を審議されてはいかがでしょうか。急な話で新体制についての目論見も無く申し訳ありませんが、このまま副会長に引き継ぎますので、私は辞任させていただきたくお願いします」  私が、今日、ここまで言い出すとは思っていなかったらしく、会場は静まりかえってしまった。  策なしと思いだまりこんでいるのか、何かいろいろと計算しているのか、誰もがわからない雰囲気となってきた。  沈黙の時間は二、三分も続いただろうか。しびれを切らしたように佐藤副会長が切り出した。 「校長先生はどのように思いますか」  ここで校長に振るとは佐藤らしい。校長は躊躇いがちに周囲を見渡すと話を始めた。ああ、ここで校長先生に消されるなら本望だ。他の役員でも構わないが、理由にあと腐れが付きそうだ。しかし、校長なら、それなりの理由をつけてくれるだろう。 「確かに高杉会長には、これまでもご負担をかけっぱなしでした。本日の日程も我がままを言って合わせてもらったのですが、会長の日程に不都合があったことはお詫びします。」 「本日の会長の話を伺って、確かに区自治会ではもともと想定していなかった事業について拡大してきたことも再認識させられました。また、そのような任を背負うことは会長には負担が重いこと、そして、本来は学校行事など公務で行うべき案件も一部混じっているだろうことも改めてチェックが必要だろうと感じました。」 「結果として、このような形の予算や事業計画について高杉会長は執行出来ないというお話だったと思います。しかし、本日の総会では、役員会で審議も経ないまま、会長を辞めさせてしまうのも、長年の功労者に対して我々役員としても忸怩たる思いもあります」 「そこで提案なのですが、役員組織の下に実行委員会を置いて、それぞれの事業を独立させ実行委員長の元で執行するというのはいかがでしょう。実行委員についてはその業務内容に応じて教職員やPTA役員等から充てる。また、場合によっては公民館にも受け持ってもらうことで考えます。」 「各PTA会長、公民館長、いかがでしょうか。」  校長先生は、時折考え込むように、周りの顔つきを伺うようにしながら話をし終えた。急転直下の展開だ。これで済むわけがない。そう私が思うのとほぼ同時だった。 「異議なし」の声が続いた。感情の無い事務的な答えだ。  すかさず、佐藤副会長が続けた。 「それでは、校長先生のお話のとおり、新年度の事業を実施する際には事業ごとに実行委員会を組織することとし、高杉会長には役員会及び総会の議長など事務的なことだけ行っていただくということとし、予算、事業計画、役員について一括で審議したいと思います。」 「異議なし」の声が改めて続いた。 最後に佐藤副会長から念押しの一声があった。 「高杉会長、よろしゅうごさいますね」 「あ、ああ」  あっけにとられて、それしか答えられなかった。  佐藤副会長があっさりと会議を閉会すると、出席者はそそくさと帰ってしまった。 「高杉会長、いつまで、ぼやっとしているんですか。帰りますよ」  副会長に促されて部屋を出ると、校長先生だけが残っていた。 「高杉さん、今日のところは申し訳ありませんでした。今後のことは改めて考えていきますので、なんとかひとつよろしくお願いします」  そのように声をかけられたが、なんとなく上の空で帰ってきてしまった。   みんな、対外的な面子もあるし、事務的に進んでいる部分もあるから、急に会長が変られては困るということなのだろう。  そうか、消されるというのは、こういうこともあるんだな。会長名なんて記号みたいなものだ。私の個性も人格も消されたというわけだ。  寂しさを感じながら、一人、とぼとぼと帰路についた私はポケットからスマホを取り出した。ミュートにしていたスマホには振興会の小林事務局長からの着信履歴が数件残っていた。こんな時は気ごころの知れた小林っちの声が聞きたい。そう思うと何も考えずに電話をかけていた。  しかし、電話からは小林の半べそをかいたような声が聞こえてきた。 「玄ちゃ~ん。クーデターだよクーデター。最近入った一番若い役員が30人くらいの委任状を集めてきてさ、その時は未だ過半数は揃ってなかったんだけど。自分たちの選んだ者を会長にするか、委任状提出者全員が退会して新たな組織を立ち上げるって言いだしてさ。玄ちゃんのやり方が古いとかなんとか文句つけてきてさ。俺っちは精一杯抵抗したんだけど、副会長や他の役員の連中も、玄ちゃんが辞めた後に会長を続ける自信がないって言いだして、クーデター側にまわっちゃって、会員の過半数超えちゃって。新年度は役員総入れ替えで、新たな体制のもと、新たな事業をするんだって」  ああそうか、そんなことも気が付かずに商店会で過ごしていたのか。  占いでも続けながら反省するか。  いや、そんな考えだから消されるのかな。
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